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「おつかれ〜。笠原と柴崎も今からお昼?」 「おつかれ〜。うんそう」 「相席いい?」 「どーぞー。いいよね、柴崎」 「もちろん」 それじゃ、お邪魔しますとそれぞれ食堂のトレイを持った同期が郁と柴崎の隣に座る。 「あら、笠原は手弁?」 軽めのレディースランチが載る柴崎のトレイの前には三段というやや大ぶりの弁当が広げられている。 「うわぁ。けっこう彩も綺麗じゃない」 「あの笠原がねぇ〜」 女子寮での郁を知っている同期は、家庭部のヴァレンタイン企画でベテラン選手がつきっきりで郁の指導に当たっていたことも当然知っている。 箱いっぱいに詰められたひじきの混ぜご飯は油揚げにちりめんじゃこ、ニンジン、枝豆が入り具だくさんで見た目にも鮮やかだ。おかずも、薄紅色の鮭の塩焼きにアスパラとウズラの卵のベーコン巻、牛肉と牛蒡のしぐれ煮、蓮根のキンピラとそこらの仕出し弁当に負けず劣らずなメニューだ。タッパーに入ったサラダは千切りしたキャベツと胡瓜の上にチーズと紫蘇、ハーブソルトと黒胡椒を巻いた鶏ハムが載り、ドレッシングは別容器に入っている。 何処に出しても恥ずかしくない立派な弁当だ。 おお、と小さく拍手しながら感心する同期に、柴崎が耐えきれず吹き出す。 「ちがうわよねぇ〜、笠原?」 「あーもうっ!うっさい柴崎!!」 しぃ!と静止を求める郁にニヤニヤとした柴崎が止まるわけもなく、あっさりとネタばらしをする。 「愛妻家の旦那が作った愛妻の為の弁当、略して愛妻弁当よね」 「違うし!」 「え〜なになに、まさかの堂上三監作なの」 「どんだけマメなの!!」 「だから違うって!」 「あらぁ〜、教官が作ってんのはホントでしょう?」 「うぅ〜。そ、それはほんとだけど!」 「「きゃぁ〜!!」」 「うそうそ。堂上三監たらお弁当作ってくれるわけ?」 「なんという家事メン」 「違うから!確かに今日のはあつ、堂上三監が作ったけど、違うから!ついでだから。子供の弁当のついでだから!! あと、いつも作ってもらってるわけじゃないから!朝時間がある方が作って、今あたしが錬成教官してて朝早いから」 「はいはい。愛されてるわね〜」 「うぅ」 「あーでも、笠原も一児の母か、そう言えば」 「こう見えて、ねぇ」 「こう見えてって!ちょっとそれどういう意味?!」 「いやいや、悪い意味じゃなくてね。なんていうかさ、笠原ってこー見た目とか雰囲気とか全然変わらないじゃん?」 「そうそう。肌なんかも、すっごいハリ!なにこれプルっプル!!」 「ぴぎゃ!」 人差し指でツンツンと突かれ、思わず腰が引ける郁を逃がすかと腕が伸びる。 「ありえないわー。なんかもう、羨ましい通り越してムカつく。とりゃ」 「ちょっやめ!ひっぱらにゃいで!」 「子供産んでもあいっかわらずの、モデル体形だし。腰回りとかなにこの脂肪のなさ!」 「ちょ!こそばい!!」 「なんか、特別なことやってんの?ヨガとかさ」 「んーん。特になんもしてないよ。てか、マジメに防衛訓練やってりゃ余計な脂肪付く暇なんてないよ」 「それもそーか。しっかしこの美肌なんなの、マジけしからんわ」 「けしからんって」 「エステ、とか。ないか」 「即答か!ないけどさ。てか、ホントなんもしてないって」 「そーそ。もともとこいつの新陳代謝高めで肌の再生能力高いし。 それに、あーんだけ旦那に愛されてりゃ女性ホルモンも活性化するってもんでしょ」 「愛か」 「そうか、そりゃ大事だ」 「もう!だから別に普通だって!」 「とか言って、いってらっしゃいのチューとかしてんでしょ、いまだに」 「いや、してるけどさ」 「してるのか!」 「怖い!怖いわ堂上夫妻!」 「これが中学生の息子を持つ夫婦の日常ですよ、恐ろしいことに」 「あんたら揃いも揃って!」 「っていうか、あんたんとこの息子、もう中学生か!」 「早い!てか見えんわやっぱ!」 「しっかも、息子がまた良く出来ててね、両親のいいとこどりっての?」 「超絶美少女な娘持つあんたが言うな」 「ま、あたしの娘だし〜?当然でしょ」 「その自信!」 「てゆうか、あんたの息子よ息子!柴崎が褒めるってどんだけよ!」 「ちょっと、笠原写メないの写メ!」 「え?あ、うんあるよ。ちょっと待って。えっと、入学式のだからちょっと古いんだけど」 カチカチと携帯を操作し、「はい」と見せる画面に同期二人が身を乗り出し、そして叫ぶ。 「何これ!ちょっと出来過ぎっしょ!」 「末恐ろしいわぁ」 「でっしょー。堂上教官譲りの男前の顔立ちで、この表情の柔らかさのモデル頭身とかそれだけで人生勝ち組よね。 そろそろあんたの身長抜きそうなんだっけ?」 「そう。成長期に入ったのか、にょきにょき伸びててさ、最近じゃ成長痛で腰痛いとか言ってるからまだまだ伸びそう。 まぁウチお兄たちも180オーバーだから多分そんぐらいいくかもって話してる。篤さんはたまに複雑そうな顔するけど」 「マジとんだイケメン息子じゃないの!」 「遺伝大事だわマジで」 「そだねー。顔の造りは篤さん似だし。篤さんカッコいいからね」 「「ぶはっ」」 「何この、新婚、いやバカップル並の惚気は!」 「おとめー乙女がいるわーここに!!」 「これが堂上家では通常運転です」 「うーん。これはマジで笠原が老ける要因ないわ」 「っていうか、息子こんだけカッコよかったら、お母さんドキドキしっちゃったりしない?」 なーんて、て笑う同期に郁がきょとんと返す。 「えーしないよー。有馬は息子だし、どっちかっつーと可愛いかな?それに篤さんのがかっこいいし」 「「ぶはっ」」 「何なのこの子!マジで!」 「ねー。かわいいっしょ、笠原は今でも。そりゃ教官も愛妻家になるってね」 「これはメロメロにならざるえんわ、マジで」 おーよしよしと頭を撫でられ「犬かあたしは!」と郁がむくれる姿に、また笑いが降る。 「てゆーかさ。あんたまさか息子にもいってらっしゃいのチューとかしてるとか言わないよね。 あんたとこのヴィジュアルの息子が並ぶとちょっと洒落にならんわ」 「やー今はないよー。やってたのは小学校低学年頃までだったかなー」 「あ、流石にか」 「男の子はねー、そーいうの嫌がるよねー」 「そうそう。うちも。娘はねぇ〜してくれるんだけど。お兄ちゃんは完全拒否よ」 「んー。てゆーか、その前に篤さんがねー。いつまでたっても母親離れできなくなると困るだろって。 あたしはちゅーもぎゅーも、手ぇ繋いだりとかしたいんだけどさー、やめとけって言ってさー」 「三監・・・」 「通常運転です」 「通常運転か」 「やっぱそういうもんなのかな。ちょっと寂しいけど、仕方ないよね」 「まーその分、教官がしてくれんでしょ」 「そーなんだけどさぁー」 「・・・するのか」 「三監・・・!」 ザワっとする同期に気づかず、郁はふうっと溜息を吐く。 いや、あんた、それは―――という顔をする同期に「嫁が嫁なら旦那も旦那でしょ」と柴崎は愉しそうに笑う。 良く分かっていない郁は、きょとんとした顔を浮かべ、まぁいいか、と弁当に箸を付け、パクンと口に運ぶと、にっこりと顔をほころばせる。 こりゃ、忠実忠実しくもなるわ、とそんな郁の表情に同期二人は生温い笑みを浮かべて納得する。 そこから先は子を持つママトークだ。 「やーでも、中学生だとそろそろ反抗期じゃない?」 「うっせークソババァとか言われない?」 そんな言葉に、柴崎が笑いながら「ないない」と手を振って否定する。 「堂上家に限ってそれはないわー」 「ないねー、まだ」 「まだ、じゃなくて、一生そんな口聞かれることないわよ」 「えーそうかな?」 「言った瞬間、教育的指導が入るっしょ」 「あー・・・確かに」 「言っとくけど、あんたじゃなくて。堂上教官だからね。 あんたに対してそんなこと言おうもんなら、即一本背負いで投げ飛ばしたうえ鉄拳制裁ぐらいするっしょ」 「うーん、そこまではしないだろうけど、確かにそういうとこ厳しいからね」 「なんせ、あんたを“郁”呼びした保育園児マジ説教だったくらいだもんね」 「あーあったねー。そーいうこと」 思い出してクスクスと郁は可笑しそうに笑う。 「なによなによそれ」 「いや、ウチさ、普段は名前で呼び合ってるんだけどね。 子供の前では「お父さん」「お母さん」って出来るだけ言おうとしてたんだけど、そこは、まぁうっかり名前呼びすることも多かったせいか、ウチの子が初めてあたしのこと呼んだのが「郁」でさー、もーそれ聞いた篤さんが真顔で『お前が名前で呼ぶな!』て説教し始めてさー。もーおっかしいのなんのって! いや、分かってないから、その子。そんなことまだ分かってないから。そこまで怒んなくてもいいのにね。 でさ、有馬も良くわかんないけど、お父さんにすっごい怒られてるってのは分かるじゃない?もー怖がってビービー泣いちゃって、それで篤さんもハッとしたみたいにオロオロしちゃうし。あはは。 もうね、真面目もあそこまでいくとほんと可愛いって言うかさ」 「―――いや、なんていうか、うん」 「すごいね、堂上三監」 「でしょー」 そして気づいてないアンタもすごいわ、と同席した人間は内心でハモった。 「ま、堂上息子は父親に似て母親大好きな子だから、そういう意味でも心配ないけどね」 「大好きって言うか、まー優しい子だよ?」 「ねー?教官がいない時はあんたが一人で買い物行かないように絶対付いてきてくれるもんね」 「イケメン息子とデートかあ〜。羨ましい」 「デートじゃないし!」 「そーよねー。そんなことしたら旦那が嫉妬するもんね」 「いや、息子だから!相手息子だから!おかしいでしょ、ソレ!」 「じゃー、今度教官の前で有馬にハグやチューして御覧なさいよ。 あんたが一日寝室から出れない方に外ランチ1回賭けるわ」 「よーし乗った!女に二言はないわよね、柴崎」 「あったり前でしょー。あたしを誰だと思ってんのよ?だいたい勝てない勝負なんてしないわよー。 あんたもその言葉忘れないでよね」 「ふふん!当然でしょ!デザート付セット頼んでやるから覚悟しときなさいよ!」 絶対柴崎の完勝だな、と郁以外は確信した。 「私、堂上三監って、真面目一徹な堅物のイメージあったから関白亭主タイプなのかと思ってたけど」 「あはは。ないない。笠原相手にそれはない」 「―――と思った今日」 「激甘よね」 「甘いもの食べたいと思った時とか、笠原の話聞くといいダイエットになるわよー」 「あー。確かに」 「ノンカロリーで御馳走さまって言いたくなるもんね」 |