「ねぇ父さん。ちょっとバイトしたいんだけどさ」
そう言うと父さんは少しだけ眉をしかめながら聞き返した。
「小遣い足りないのか?」
「いや、それはない」
むしろ余るくらいだ。



うちの両親は筋の通らないことに対してはかなり厳しいが、そうでなければ割と息子に甘いと思う。
たとえば学校行事や部活に係るお金なら特に何も言わずに出してくれるし、携帯電話の基本料金も両親持ちだ。洋服関係も家族で買い物に行けば大概買ってもらえる。そのうえで月々の小遣いはおそらく平均的な額を貰っているだろう。
だからと言って、特に使い道があるわけではない。基本的なものは両親から与えてもらっているので、友人や部活の付き合いやせいぜい買い食いに使うくらいだ。趣味としての読書や参考書の類の書籍は、自宅に隣接する図書館で十分すぎるほど揃うので、自分で買うものはあまりない。というか、買って読もうと思う本は両親と被っているものも多いのでやはり自身で買うことは少ない。そういうことを勿論親も知っているので、いきなりバイトをしたいと言ったことに父さんが眉を顰めるのも当たり前といえば当たり前だ。うちの両親は共に学生時代にバイトの経験がなかったこともあり、高校生がバイトをするのは少し早いという考えが少なからずあるのも眉を顰める要因の一つだろう。
「小遣いはさ、足りてるんだけど。それって元を辿れば父さんたちのお金じゃん。
 そうじゃなくて、自分のお金で買いたいもんがあるんだよね。
 勉強とか部活の邪魔にならない範囲でやるからさ。引越しの日雇いとかそんなんで」
「なんだ、好きな子でもできたのか?」
からかいを含んだ父さんの言葉に「まあ、そんなとこ?」とだけ軽く返す。そこはまだ内緒だ。
「まぁ、学業に支障がない程度だったら俺は特に反対はしないが。郁が駄目って言ったら駄目だからな」
母さんの言葉は絶対。我が家の暗黙のルールだ。父さんの言葉に苦笑しながら頷く。













「ねぇ母さん。ちょっとバイトしたいんだけどさ」
そう言うと母さんは少しだけシュンとした顔で聞き返した。
「お小遣い、足りてないの?」
「いや、それはない」
父さんとやったようなやり取りを繰り返すことに苦笑する。似た者夫婦め。知ってた。
「いや小遣いは十分足りてるよ。むしろ貰いすぎてるくらいだし。
 ただ、それって元を辿れば母さんたちのお金じゃん。
 そうじゃなくて、自分のお金で買いたいもんがあるんだよね。
だからさ、引越しの日雇いとかそんなんで、勉強とか部活の邪魔にならない範囲でやるからさ」
「やだ、有馬。好きな子でもできたの?」
顔の前で軽く手を合わせて、ウフフと楽しそうに笑う母さんに、だからなんでうちの両親はこうも似てるかな、と苦笑する。
「でさ、いい?学校に申請するのに親の承諾が必要なんだけど」
「そうね。あんたのことだから特に心配することはないと思うんだけど。篤さんはなんて?」
「母さんがいいならいいって」
「そう。だったら申請書持ってらっしゃい。サインしてあげるから」
にこりと笑う母さんに、俺もにこりと笑い返す。








そうして春休みの間、空いた時間を利用して俺は日雇いのバイトを始めた。
もともと高額なものが欲しいわけではなく、あくまでも「自分で稼いだ金」で買いたいというだけのものなので、必要な額はすぐに貯まった。というか、相手が相手なのであまり高額すぎると分かるものはかえってマズイ。




「あれ?有馬、バイトは?もういいの?」
「うん。もう目標金額貯まったし」
 部活のない休日に家にいる俺に仕事から帰ってきた母さんが不思議そうな顔をした。
「必要な分は貰ってるし、恒常的なバイトをする必要はないから」
今回が特別なだけだ。
学生の本分は学業だという親の言い分には納得だし。親の金で学校に行かせてもらっているのだから、慢心するのは失礼だし、どうせなら期待以上の結果を見せたい。
そうして掛けてもらった分は就職してきっちり返す!
なにより出来るだけ家族で過ごす時間が欲しい俺だ。家ラブ!
時間に余裕があるのなら、どうせなら家の事して親の負担を減らす方がずっといい。





「洗濯物取り込んで、米セットしてるから」
言えば母さんがぎゅーっと抱きついてきた。
「もー!あんたってばなんて出来た息子なのー!!さすが篤さんの子!」
「いや、母さんの子でもあるからね、俺」
ぎゅーっと抱きついて、よしよしと頭を撫でてそんなことを言う母さんに苦笑する。


「すぐ夕飯の準備するね。篤さんももうすぐ帰ってくると思うし」
「あ、じゃあ俺風呂の準備してくるよ」
「何から何までごめんねー!」
「何言ってんの。母さん達だって仕事してんだから手の空いてる人間が協力すんのは当たり前だろ」
「ウチの息子マジ天使!!」
―――いや、天使なのは母さんだから。
またもぎゅーぎゅーと母さんが抱きついてきたところでタイミングがいいのかどうなのか「ただいま」と父さんも帰ってきた。
「――――――何、してんだ」
男前な父さんの顔が残念な感じになっている。母さんを溺愛している父さんは息子相手でも割と簡単に嫉妬を見せる。そんな父さんに構わず母さんはニコニコと現状を報告する。
「あのね!有馬ったら洗濯物取り込んでくれて、ご飯の準備までしてくれた上に、お風呂の準備までしてくれるって言うの!もう、ホントいい子すぎる!!」
全力で褒める母さんに父さんがムっとした顔を見せる。
「――――――風呂なら俺が準備する」
「え?いいよ。父さん帰ってきたばっかりだし」
「お・れ・が・や・る!」
息子に対抗心バリバリとかどんだけだ。
マジうちの両親可愛すぎる!






風呂の準備を終えて戻ってきた父さんが「篤さんありがとー。お仕事帰ってきたばかりなのにごめんねー」と母さんにお礼を言われて機嫌がよくなったところで夕飯を囲む。両親がシフト勤務制なので毎日というわけにはいかないけれど、家族が揃う日は一緒に食べるのが我が家の中で自然と出来上がったルールだ。学校での出来事や職場の出来事(と言っても職業柄突っ込んだ話は二人ともしないけれど)を話す一家団欒の時間だ。




「あ、そうだ。母さん」
「何?」
「明日の家事は俺がやるからさ、ゆっくりしててよ」
「え?何で?」
「母の日だから」
言えば父さんがバっと俺の方を向いた。
父さんが何が言いたいのか分かるが、あえて突っ込みはしない。
「え?あ。そっか。もうそんな時期か。
 でも、有馬はいっつもお手伝いしてくれてるから」
「いーの。俺がやりたいだけだから。
 だから、母さんはゆっくりしててよ」
「うん。ありがと」
ふにゃりとした笑みでお礼を言う母さんは本当に可愛いと思う。
普段、子供だからと甘やかされている俺だから。子供だからこそ、「母の日」というイベントで母さんを甘やかすことができるのだ。












その日の夜、案の定というべきか父さんが俺の部屋を訪ねてきた。







「お前さ、母の日用にプレゼントとか用意してるのか」
「当たり前じゃん。そのためにバイトしたんだし」
俺の言葉に、父さんはやっぱりか!と顔を顰めた。
今回俺が母の日用にと用意したのは無添加の自然派化粧品メーカーから出ているカモミール配合のハンドクリームと紅茶とジャムのセットだ。あとは当日にカーネーションを配送してもらうよう手配している。
「―――いくら掛かった?」
真剣な表情で尋ねてくる父さん。
「5、いや4割でいい俺にも負担させろ」
「父さん、これは“母の日”のプレゼントだよ。
 母さんは父さんの母親じゃないじゃん」
「俺だって郁にプレゼントがしたい!お前ばっかりズルいじゃないか!!」
ずるいって。
思わず苦笑する。






「残念!これは母さんの子供である俺だけの特権だよ!」

















そしてその一ヶ月後。


「有馬!お願い。あたしも篤さんにプレゼントしたいの!!」


父さんとまったく同じ反応を返す母さんに俺はまた笑うことになる。




ヤベー。ウチの両親マジ可愛すぎるだろう!!
























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