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世間様の多くがクリスマスイヴという日にフワフワソワソワしている時、有馬は図書館、武蔵野第一図書館に居た。 ついでに隣に麻陽も居る。 「うふ。というわけで、今日一日護衛よろしくね」 「あ?何バカ言ってんだてめぇ。俺は図書隊の手伝いに来ただけでお前の面倒見に来たわけじゃねぇ。てめぇの面倒はてめぇで見やがれ!」 そう、有馬(ついでに言うと麻陽も)の外せない用事とは、クリスマスイベントにおけるスチューデントアシスタント(SA)、図書隊員の子供たちを中心にした学生ボランティアだ。 「お勤め御苦労さま、有馬」 女王様然とした声掛けに振り返った有馬は「うわぁ」と呆れた様な声を小さく上げた。 「―――毎年毎年よくやりますね」 振り返った先に居たのは幼馴染の母、有馬の母の親友である手塚麻子だった。 緩く口の端を上げて妖艶に笑む美魔女の本日の召し物は赤と白を基調としたいわゆるサンタガールの格好だ。クリスマスイベントでは御馴染みの衣装ではあるのだが―――。 「―――イメクラかよ」 思わずボソっと呟いた有馬の声を聞き咎めた麻子が頬をヒクリと引き攣かせる。 「ちょっと笠原ー。アンタの息子うめぼし!」 「えーなにー?」 遅れて角からひょっこり現れた郁は三段重ねの段ボールから顔を覗かせている。 「ちょっ!母さん持ち過ぎ!」 慌てて有馬が郁の傍に駆け寄る。 「あーこれ?見た目嵩張ってるけど、中身オーナメントだからたいした重さはないから大丈夫―――ありがと」 貸して、と上二段を受け取る息子に郁はニコリと笑って謝辞を述べる。 「重くなくても視界が遮られたら危ないだろ。一個ぐらい麻子さんに持たせろよ」 「柴崎に持たせるとか、周りが鬱陶しいから」 今なお絶対的な人気を誇る旧姓柴崎麻子である。そんな彼女が軽いとはいえ段ボール一つ運ぼうものなら、周りの野郎共が群がるのが目に見えている。それこそ「お前ら仕事しろ!」と怒鳴りたくなるほど。 「そんなことより、聞きなさいよ笠原。あんたんとこの息子。このあたしを捕まえてイメクラ呼ばわりよ。どー思う」 「もー。だから言ったじゃん。あたしらはいい加減スーツにしようよって。いい年してこんな格好似合わないってば」 基本的に、子供向けのイベントの表に出てくるのは若手館員であるが、業務部の指揮官である麻子と、イベント事に慣れ、かつイベントの雰囲気を損ねないかつ戦闘慣れしている貴重な警備要員としてもトップランカーである郁は警備統括の意味合いも兼ね今もこうして表舞台に上がっている。 場に合わせた格好をするのは当たり前、と面白がる麻子に乗せられた郁は「ほらやっぱり!」と項垂れている。 「いや大丈夫!母さんはフツーに可愛い!!」 もーやだー!と恥ずかしがる郁に、ぐっと力を込めて力説するのは息子の有馬である。相変わらずのマザコン炸裂の発言だが、真実そう思うのだから仕方がない。 もともと年齢を感じさせない張り艶のある瑞々しい肌に(勿論これはアンチエイジングに努める麻子も同様ではあろうが)、人懐っこいコロコロと変わる無邪気な表情やあどけない行動は実年齢に幼さを与え、しかもそれが自然であるから、凛とした立ち姿が映えるモデル体形の郁が与える印象のほとんどは「可愛い」であるのは事実だ。 そんな郁が着ているのは赤いベルベット地に袖と裾に白いファーが付いた膝上のミニ丈ワンピースに(勿論際どさを狙ったものではないのだが、長身で腰の位置が高く人並み以上の脚の長さを誇る郁が着ると必然的に短く見える)、赤いリボンが付いた白いボアのケープを羽織った格好は、やっぱり可愛いとしかいいようがない姿だ。 そりゃ、父さんが心配になりもするはずだ。 忙しい大人の代表である有馬の父は本日、年末監査で他館へ出向いている。 「くれぐれも郁を頼む!」 そう真剣な目で厳命していった父の言葉に有馬もまた真剣な顔で大きく頷いた。 図書隊の手伝い、つまり母に付き添い従うという任務の前では友人とのクリスマスパーティとか霞む。当たり前だ! なにせ堂上父子にとっていくつになろうとも郁は大切なお姫様である。郁に近づく男は片っ端から沈める心積もりだ。 愛妻家代表でもある父に代わって、母への他の野郎共の接触をシャットアウトすることが本日の有馬の第一任務である。幼馴染の護衛とか知らん。その辺りは男性隊員にお任せする。 「こらーそこ!!館内撮影は禁止だっつってるでしょう!!」 図書館が開館し、通常よりも多い人出にまぎれて盗撮野郎が多発するのはある意味御約束である。 なにせクリスマスイベント開催時は若い図書館員の多くがサンタガールの格好をしているため被写体の宝庫となっているのだ。 早速そんな輩を目ざとく見つけた郁が閲覧台を軽やかに飛び越え、ぎょっと目を向き慌てて逃走を図る犯人を追う。 足元は普段の活動靴ではなく白いボアムートンブーツだが、関東図書隊随一の俊足を誇る郁のスピードはそれでも平均を上回る。 あっという間に距離を詰めた郁が男の腕を取り、素早く捻り上げる。 「はーい。んじゃ、これは退館するまでボッシュート」 当然のようについてきた有馬が背後から男の掌に隠される様に握りしめられていたコンパクトデジカメを取り上げ、追ってきた図書隊員に引き渡す。 「それじゃあ、すこーし、向こうでお話しようね。 第一室に案内して。簡単な調書とデジカメのデータ確認および削除、頼んだわ」 犯人を若い防衛部員に引き渡した郁がテキパキと指示を出す。 それから、有馬に振り返った郁は、もぅっと小さく溜息を吐く。 「犯人に簡単に近付いちゃダメって言ってるでしょう」 「だから、ちゃんと死角になる様に背後から近付いて、すぐ引いたじゃん」 無茶はしてない、と言う息子に、もうっと郁は再度溜息を吐く。 「SAのボランティア内容に、犯人逮捕なんて入ってないんだから」 「現行犯逮捕は私人にも認められてるから大丈夫」 「何が大丈夫なのよ、もう」 でも、まぁ。苦笑した郁は息子の頭にポンと手を乗せる。 「ここは速やかな証拠品回収協力に感謝するとしましょう」 褒められた有馬はニカリと嬉しそうに笑う。 もっとも、これが被写体が郁だったら問答無用で殴り飛ばしていたが、賢い有馬はお口にチャックだ。 数件の盗撮や置引はあったものの、なんとか有馬が犯人を絞め上げるような事態にはならず、クリスマス会は無事に終了した。 会場に設置していたオーナメント類を片づけてしまえば、ボランティア組の仕事は終了だ。 他のメンバーが三々五々解散していく中、この後家族での食事会が待つ有馬はそのまま母の仕事上がりを待つ。 「えー家まで送ってくれないのー」などと甘えたことを言う幼馴染の言葉とかシャットアウトだ。とっとと帰れ! 今日の有馬の任務は郁の護衛だ。父の「よくやった」を聞くまではその任は解かれないのだ。 「お待たせ」 鮮やかな装いから、一転。 父からのクリスマスプレゼントである、襟にふわふわのラビットファーが付いたオフホワイトのカシミヤロングコートから覗くのは黒のハイネックのセーター。その首元に清楚な一粒ダイヤのネックレスを付けた母の姿に有馬は駆けより手荷物を預かる。 「着替えなくても良かったんじゃない?」 「なにバカなこと言ってんの。あんな格好で外出れるわけないでしょうが」 「似合ってたのに」 「もう!からかわないで!」 「家帰ったら父さんにも見せてあげなよ」 「えーやだよ!いい年してなんて格好してんだって呆れられるもん」 「いや、むしろ可愛いと大絶賛」 「だからからかうなって言ってるでしょ! それに、業務部で一括してクリーニングに出すから持って帰れるわけないでしょ」 からかってないのに、本気なのに、と有馬は小さく口を尖らせる。 しかし、これは父が歯噛みして悔しがるだろうなと思う。 「なんで俺が郁のサンタコス見れないんだ!!」 うわぁー言いそう。想像の父の姿に有馬は苦笑する。 おそらく今日の図書館のクリスマスイベントを一番楽しみにしていたのは、利用者の子どもたちや、不埒な犯罪者でもなく、有馬の父であろう。楽しみにしているのは可愛すぎる嫁の可愛いサンタコス姿限定だが。 図書隊のアイドルたる手塚(旧姓柴崎)麻子の格好には息子と同じように呆れた視線を向けるが、麻子と同い年の自分の嫁の格好には思わず脂下がった顔を見せるのは毎年のお約束だ。 それが他の野郎共が見れて自分一人が見れないとなると―――おそらく今晩は理不尽な我侭を愛妻にぶつけて盛大な駄々をこねるだろう。 まぁ、堂上家において然しも珍しい光景ではない。 明日は朝からストバスにでも出てやるのが気遣いというものだろう。息子から両親へのクリスマスプレゼントだ。知れば、母は気まずさに飛びだしかねないので、そこはそっとさりげなく、だ。 「ところで、有馬は学校の友達とか部活でクリスマスパーティとかしないの?」 「―――なんで?」 「お母さんが学生の頃は、部活仲間と集まってスポーツセンターとか行って遊んだなーと思って。スケートとかボウリングとかカラオケとかして。あと1000円ぐらいのプレゼント用意して、プレゼント交換とかもしたなー」 うふふー楽しかったなぁーと思い出を懐古して笑む母に、有馬は小さく溜息を吐く。 「―――母さん。それ、父さんの前で言わない方がいいよ」 「え?何で??」 そんなもの―――嫉妬するからに決まってる。 過去だろうがなんだろうが、好き過ぎる嫁が選んだプレゼントが他の男に渡っている可能性(それは確定ではないが、元陸上部の郁である。部活仲間には男も多く、その『仲間』に男が当たり前に含まれることは想像に難くない。)を流せる程有馬の父の妻に対する愛情は浅くない。 「―――母さんは、昔の方が楽しかった?」 「え?」 「俺達と過ごすより、学生時代のクリスマスの方が良かった?」 その言葉に、郁はぎゅっと息子に抱き付く。 「そんなわけないよ!!今が一番楽しいし幸せだよー!!」 ごめんねー有馬ー!ぎゅうぎゅうと抱き付いて謝る母に、有馬はほっと息を吐く。 「―――ね、だから。父さんには内緒にしといた方がいいよ」 「うん!うん!」 ごめんねーとなおも謝る母に有馬は小さく苦笑する。 「それより、早く行かないと父さんが乗る予定の電車の到着に間に合わないよ」 「!!急ぐよ、有馬!」 そうして、仲睦まじい様子で寄り添い歩く母子だったが、長身で精悍な顔つきの息子と、幼げな顔をした母が並べば関係を知らない人間から見れば、その姿は恋人のように見え、偶然その姿を目撃した有馬の同級生により、瞬く間に「当校の王子こと、堂上有馬に熱愛発覚!!」「堂上有馬の恋のお相手はモデル風年上美女!!」なんていう噂が駆け巡ることになり、流石の有馬も唖然とするのは別の話である。 は?彼女?あ?何言ってんだ? クリスマスは家族で過ごす日に決まってんだろ!! |