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〜いっしょにつくろう〜


いつの頃からだっただろうか、白雪の誕生日は、自宅で白雪の料理を囲むパーティーをするのが恒例となっていたんだ。折角の誕生日なんだから、外食したり遊園地で遊んだり・・・デートらしいことをしてもいいと思うんだけど、白雪は頑として譲らなかった。

 

「姫の作った料理を『おいしいよ』って、最高の笑顔で誉めてください。それが姫にとって一番のプレゼントですの」

 

白雪が言うには、一緒に食べる人のことを思って材料やレシピを選んで、「おいしいよ」って誉められる瞬間を思って調理をして、そして、思ったとおりの料理を作り上げて、食べる人の笑顔を見る・・・その過程すべてが幸せというわけだ。それは、うれしい反面、僕としてはちょっと困ったりもする。

いつも、白雪のおいしい料理に接することができて、それと同時に白雪の想いも受け取っている僕としては、せっかくの誕生日くらいは、白雪に何かお返ししたかったからね。

 

ということで、今年の誕生日も、やはり白雪宅でのパーティーとなったんだけど、今年はちょっと違う誕生日にしてあげようと思って、僕は1ヶ月がかりである努力を2つほどしてきたんだ。1つは、白雪が欲しがっていたあるものをプレゼントするためのバイト、そしてもうひとつは、白雪の気持ちに応えるためのシミュレーション・・・いや訓練かな・・・

 

「にいさま、いらっしゃいませですの!」

 

僕が、白雪の家の玄関に着くや、ノックもしていないのにドアが開いて、白雪が顔をのぞかせる。エプロンドレスの前掛けがまだ真っ白ということは、まだ料理は始めていないようだ。よかった。僕は、そのために、本当の集合時間よりも2時間も前に来たのだから。

 

「にいさま、どうしたんですか?こんなに早く」

 

最寄の駅から、「もう来ちゃったんだけど、今から行ってもいいか?」と電話を入れたから、まだ玄関で迎える余裕もあっただろうが、ちょっと突然すぎた訪問を白雪が疑問に思うのも当然だろう。

 

「いや、白雪の顔を早く見たくってさ」

半分本当、半分嘘。

もちろん白雪の顔を早く見たいって気持ちに偽りはない。やさしくて、年齢のわりにしっかりしていて、でもどこか憎めないあどけなさも残しているかわいい妹のことを、いつの頃からか、僕は、ただの妹を超えた存在として認識している・・・らしい。去年の誕生日から同じような告白を白雪から受けて以来、いよいよ僕の心は、兄と男の境界線で、危ういバランスゲームを演じ始めているのだから。ゲームの勝敗なんて決まってるって?そんなこと言わないで。僕だってそれは知ってるけどさ。

 

「本当!?姫、うれしいですの。今日ははりきっちゃう!」

でも、白雪、それだけじゃないんだ。

 

「で、早く来たのには、もうひとつ理由があってね」

玄関で僕にまとわりつくかわいい妹を促して部屋に入りながら、僕は、後ろ手に隠した包みを白雪に差し出す。

 

「はい、プ・レ・ゼ・ン・ト」

「あり・・・がとう、ですの・・・」

ちょっと怪訝そうな顔をして、白雪が僕の顔を覗き込む。いつもは、パーティのあとがプレゼントタイムと決まっていたからだ。訪問していきなりプレゼントを渡されたので、びっくりしているらしい・・・

 

「にいさま、今日は、ずっといてくれるんですの・・・?」

・・・どうやら、早く来て早くプレゼントを渡したので、僕が早いうちに帰るとでも思ったのか、ちょっと不安そうに白雪が聞いてくる。

 

「いや、今日は白雪が迷惑でない限りは、ずっといるつもりだよ」

「ですのっ」

ホッと息をついた白雪の視線は、プレゼントの包みに注がれる。『だったら、なぜ・・・』という疑問、それを兄に聞いてしまおうかどうしようか・・・逡巡。

 

「開けてみればわかるよ」

「え?」

「来てすぐにプレゼントを渡したから、びっくりしてるんだろ?」

「ど・・・どうしてわかるんですの?」

(顔に書いてあるって)って言葉は、とりあえず飲み込んで・・・

 

「ま、いいから開けてごらん」

「はいですの」ガサゴソ・・・「わあ!」

 

「誕生日のプレゼントに刃物ってのもどうかとは思ったんだけどね。僕と白雪の縁だったら、刃物でも切れないから大丈夫。そう思って、本当に白雪の役に立ちそうなものを選んでみたんだけど・・・どうかな?」

包みからは、真新しい包丁。もう去年くらいからだったか、白雪が結構指を怪我することが多くなってきた。料理のたしなみがある友人に聞くと、『切れ味の悪い刃物を使っているとムリに力が入って、よく怪我をするんだ』ということだったので、どうせだったら、長く使えるいい包丁をプレゼントすることにしたんだ。

 

「これは、グローバルの牛刀ですの。にいさま、高級品ですの」

白雪、うれしいのはわかるが、あまり振り回すもんじゃないって。

 

「どうせだったら、いいものを長く使ったほうがいいんじゃないかな・・・と思ってね。最近、白雪にしちゃ指の怪我が多いし、トマトの形が崩れていたりしたから、さては・・・と思ってね」

「にいさま、すごいですの。それに、今からこれを使ってお料理できるから、にいさま、早く来たんですの?」

「ご名答。お食事あとに調理器具をプレゼントするのって、ヘンでしょ」

「ですの。さすがにいさま」

 

やっと疑問が解けて、しかもその顛末が自分にとってうれしいハプニングだったことも手伝って、きわめて白雪は上機嫌になった。その顔を見るだけで、バイトに明け暮れた甲斐があるというものだよね。

 

「もう、こうなったら、姫、腕によりをかけまくって、お料理、がんばっちゃうですの!」

 

白雪が、天井を見つめながら燃えているところで、僕は、もうひとつの準備していたものを披露というか提案することにしたんだ。

 

「で・・・さ、白雪」

「なんですの?」

「毎年、誕生日には白雪に料理作ってもらってばっかりじゃないか。だから、今年は、そうじゃなくてちょっと趣向を変えてみたいんだけど」

 

俄かに白雪の顔が曇る。

 

「姫のお料理・・・おいしくないですの?」

たぶんそう言うと思った。

 

「ちがうちがう。いつも白雪の料理はおいしいさ。でもね・・・僕は、いつもそうやって、白雪の作ってくれた料理を『おいしい』って言っているだけの自分ってのも、なんか嫌だなって思うんだ。」

「姫は、にいさまのその一言が聞きたくて、お料理がんばってるんですの・・・」

消入りそうな白雪の声。

 

「まあ、聞けよ。で、今年は、白雪にも『おいしい』と言わせてみたいと思って・・・さ。あ、もちろん、僕も白雪のおいしい料理を食べたいんだけどね」

「?」

「要するに・・・一緒に作らないか?練習してきたんだ。まだたいしたことはできないけどね」

「にいさま・・・」

「そうしたら、調理の時間も、配膳の時間も、後片付けの時間も、一緒にいられるし・・・さ。」

「にいさま・・・」

「ダメ・・・かな?」

うつむいていた白雪は、そのままそっと僕の手を握り・・・

 

「にいさま、姫・・・うれしいですの。姫こそよろしくお願いしますですの!」

一転、満面の笑みで、白雪は、僕の手を引いてキッチンへ駆け込もうとするんだ。

「ま・・・待って待って。まだコート脱いでない!」

来たときのままの格好やったんかい・・・

 

・・・

 

「にいさま、なかなかやるですの!」

「だろ。結構練習したからね。皮むきスペシャリストと呼んでくれ」

皮むきは、1週間の集中訓練の結果、男にしちゃあかなりの技術を身に付けたつもり。まあ、おかげで1週間ポテトサラダばっかり食ってたけどね。

「ムフン・・・でもまだまだですの。スペシャリストはこんな感じでむくですの!」

新品の包丁を早くも手なずけた白雪は、目にもとまらぬ早業で、茶色のジャガイモを推定1.5秒で白い姿に変身させた。

「何者・・・」

 

シュン・・・と音がして、鍋が煮立った音がする。

 

「にいさま、スープが沸騰しちゃよくないですの。火を細くするですの」

「ウイ・ムッシュ!」

 

・・・

 

「チーフ、シチューの煮込み具合を確認してください!」

「どれ・・・ムフン。いい仕事ですの。OKですの」

 

かわいいチームシェフと不慣れな見習シェフの笑い声がキッチンから絶えることはなく・・・

 

・・・

 

「「いただきます!」」

「にいさま、どうですの?おいしい?」

「うん、おいしい!絶品だよ」

「ありがとですの!」

このときの白雪は本当にいい笑顔をする。料理が好き。でもそれよりも、人を幸せにするのが好き。そりゃあしょうがないよ。たとえ妹だろうと、こんないい子だったら好きになっちゃうよな?なあ自分よ。

 

「にいさま!」

「ん?」

「これ、おいしいですの!」

「そうか!」

「はいですの!もうこの味は、にいさま抜きでは作れないですの!」

「んな大げさな・・・」

でもなんかいいな。こういう温かい気持ち・・・そうか、白雪はいつもこの気持ちが味わいたくてがんばっていたのか・・・正直、不慣れで大変には違いなかったけど、一気に疲れが吹っ飛んでいく・・・「おいしい」って言葉には、こんな力があったんだ。これからは、もっと言ってあげないと・・・な、白雪。

 

・・・

 

楽しい食事のあとは、後片付けが待っていて。そりゃそうだ。ここはレストランじゃない。でも、今日は、楽しい食事の続きのように、2人で一緒に食器洗いができたんだ。でも洗い物って、結構大変だなあ。白雪、いつもこんなことしてたんだ。感謝しなくちゃな。

 

それまで手際よく動いていた白雪の手が、ふと止まって。

 

「にいさま」

「ん?」

 

「姫・・・いつも夢に見ていたんですの。こうやって、にいさまと一緒にお料理して、一緒に食べて・・・一緒に笑って・・・そんな2人になれたらいいなって・・・ずっと夢に見ていたですの・・・今日は・・・姫・・・にいさまのお嫁さんになれた気がして、幸せでしたの・・・にいさま・・・ありがとうですの」

そんなささやかなことで、こんなに幸せになれるなんて、僕はどうして早くこうしてあげなかったんだろう・・・今からでもいい。気づくのが遅かった分を取り戻して、白雪に幸せを与えられるなら・・・

 

「なあ白雪」

「?」

「別に今日だけのことにしなくったって、いいじゃないか」

「え?・・・」

「また、やろうよ。別に誕生日じゃなくっても、年に1度でなくってもいいと思うよ。毎月でも毎週でも・・・毎日はちょっときついかな」

「にいさま・・・」

「また来週のお休みも、いっしょにつくろう・・・な?」

ちょっと気恥ずかしくなって、僕はちょっとおどけながら、白雪にそう言ったんだ。

 

「はいですの!」

白雪は・・・まっすぐ僕を見つめて、大きく頷いてくれたんだ。僕が「おいしい」と言ったときに負けない笑顔で。

 

・・・

 

「にいさま、でもそれって、姫のこと・・・」

「さあね」

そのまま目を見つめていると、溢れ出してくる感情を止められる自信がなくて、僕は、小さな大シェフの頭を抱き寄せてポンポンと叩くことしかできなかった。

 

白雪、誕生日おめでとう。これからも、よろしく・・・な。