白い壁と白い天上。そして白い白衣を着た男達。その男達の前に大きなガラスがありその向こうにも真っ白な部屋が広がっていた。
その部屋の中央の白いベットには少女が寝かされ、その少女からは様々なケーブルが延び、
ベットの周りに無数に置かれた様々な機材に繋がれその周囲を数人の男達が囲んでいる。
その光景を窓越しに見ていた男の一人が口を開く。
「はやり効果が安定しないか」
「はい。この実験体以外ですと現段階での成功例は片手で数えられる程しかありません」
「それに2度の投薬は無理か」
「身体が薬に耐えられませんね。1度の性転換が限界です」
「データが足りんな」
「ええ、それに彼女もそろそろ限界ですね。ここ一年余りの投薬と実験でボロボロです」
 そう言うとディプレイの前に座る男はガラスの向こうの少女を見た。
「もう少しデータを取るために成功例が欲しいところですが・・・」
「ふむ・・・」
 男は顎に手をやると同じくベットに横に鳴り虚空を見つめる少女を見る。
「彼にばら撒かせているとは言え社長にばれないようにしないといかんからな。あの件はキモを冷やした」
「ああ、学生の集団暴行事件ですね」
「被害者がこの薬の成功例だと揉み消すのに苦労した」
 何かのデータが書き込まれた紙の文字を眼で追いながら男―景山はにやりと笑った。
「それと主任。我々の事を調べている人間がいるようなのですが」
「ほうっておけ。証拠など残さん。だが・・・」
 景山は数瞬だけ考えるそぶりを見せるとクッと喉をならした。
「そうだな、彼に監視をつけておけ。なんせ社長のご子息だからな。まだまだ使い道はある」

「ね、ねえ鈴本君もう帰ろうよ・・・」
「何だよ。お前が行きたいって言ったんだろ?」
 夜の街を対照的な二人が歩いている。
身長が高く目鼻立ちの整った少年の少し後ろをおっかなびっくりといった感じに、背の低い一見少女のような中世的な見た目の少年が付いて歩いている。
 背の高い少年、鈴本亜希と背の低い少年、谷口巧はふとした会話の流れから夜の街に遊びに出てみようとうい事になった。
普段学生らしい遊び以外をしない、ごく普通の学生だった二人にはちょっとした冒険でもあった。
「だからって何でこんな裏路地に」
「こっちの方が面白そうじゃん」
 繁華街より少し入った薄暗い裏通り。街の喧騒が少しくぐもって聞こえてくる。
道端に座り込む男女や、なにか大げさに笑いながら話しているグループを横目に見ながら歩いていると、帽子を深く被った男がビルの隙間から走り出てきた。
そしてちょうどその場に居た亜希にぶつかり二人がよろける。
「うわっと!」
「す、鈴本君大丈夫?」
 帽子の男は二人に一瞥すると足早に走り去っていった。
「なんだありゃ」
「うん・・・あ」
 巧は足元に何かが落ちているのに気が付いた。それは香水のビンのような、栄養剤のビンのような形をした透明の液体の入った入れ物だった。
「ほら、いくぞ」
「あ、うん」
 拾い上げると同時に亜希から声を掛けられ巧はそのビンを上着のポケットへとしまいそのまま歩き出した。

「たーだいまー」
「お邪魔します」
「あ、兄ちゃんお帰りー。巧さんもこんばんは」
 亜希の自宅。二人が靴を脱いでいると奥からボーイッシュな少女、亜希の一つ下の妹望が顔を覗かせた。
「晩御飯は?」
 亜希の両親は今日は用事があるらしくそろって留守にしていた。
「後で食う。それより部屋に入ってくんなよ」
「はーい」
 望はぶーと頬を膨らませるとリビングへと引っ込んでいった。亜希はそのまま2階の自分の部屋へと上がっていく。
巧はお菓子やジュースのペットボトルが入ったコンビニの袋を手にさげながら亜希の後に続いた。
「あっちい〜」
 亜希は床にドカリと座り込むとエアコンのスイッチを入れ、巧は上着を脱ぐとコンビニの袋を置く。
「おトイレ借りるね」
「おお、ちゃんと返せよ」
 巧が部屋を出て行くと亜希はコンビニの袋を引き寄せた。
「あー喉渇いた。ん? こんなの買ったっけか・・・まあいいや」
 亜希は袋から取り出したビンの蓋を開けると一気に飲み干した。
「ふ〜、すっきり」
「おーう、おかえり」
 亜希がポテトチップスをぱりぱりと食べながら片手を上げる。巧は亜希の前に座ると一緒にお菓子を食べ始めた。
「ふわ〜あ」
 程なくして亜希は大あくびをしてベットに転がる。
「あれ? どうしたの?」
「んあ・・・なんか急に眠みい」
 ベットの上でけだるそうにゴロゴロと転がる亜希。そのベットの脇に置かれた空のビンを見つけ巧は血の気が引いていく音を聞いた気がした。
「す、鈴本君。ここ、これ飲んじゃったの?」
「ぐ〜」
 それは街で帽子の男とぶつかった時巧が拾ったビンだった。
コンビニエンスストアで買い物をしたとき何気なく上着のポケットに入っていたビンを袋に入れていたのだった。
気持ち良さそうに寝息を立てる亜希を見て何ともいえない不安にさいなまれる巧。
「だ、大丈夫・・・なのかなこれ」


 そしてその変化は二人が気付かぬうちに起こっていた。


 亜希が眠ってしまってから30分も過ぎた頃、巧は帰ろうと立ち上がりベットの上を見るなり思考が停止し固まった。
「・・・あ・・・へ?」
 そこに巧が見たことのないほどの美少女が眠りこけていた。状況が理解できず眼を点にし、パクパクと動く口からは意味不明の言葉が漏れる。
「ん〜〜〜?」
 その少女はむずがると上半身を起こし眼を擦る。その動きに巧は顔を引きつらせ後ずさり強張った顔にはだらだらと汗が流れる。
「んむ・・・悪りい、寝ちまったみたいだ・・・・・・どした?」
「へ? あ、あああああの、鈴本君?」
「なんだあ? 面白い顔して。ん?」
 ぼりぼりと頭を掻きながら亜希は視線を自分の身体へと向ける。そして沈黙。その沈黙の中巧は訳も分からず緊張しぐびりと唾を飲み込んだ。
時計の秒針が進む音が嫌に耳につく。そんないたたまれない沈黙に耐えかね、巧が口を開こうとしたとき亜希の顔に驚愕の表情が浮かんでいく。
「ああああのあのすす鈴本君おちおちつ落ち着いて」
「な、なんじゃこりゃあああぁぁ!!?」
 この状況でなければ、その低音だが美しい声に聞くだけで骨抜きになる男も居たかもしれないが、そんな心の余裕は今の二人にはとりあえず無縁だった。
顔や身体をぺたぺたとさわり混乱する少女──亜希とおろおろと情けなくうろたえる巧。そして──
「兄ちゃんどうしたのー!・・・はれ?」
 兄の叫び(普段と違う気もしたが)を聞いて乱入してきはいいが、完全に想定外の状況に頭に巨大なハテナマークを浮かべる望。
「ちょっと待て! なんで女になってんだ俺!?」
「と、ととととにかく落ち着こうよ」
「兄ちゃん? あれ? あれれ?」
 巧は全てを忘れて家に帰りたいと切に思った。


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