「えーっと、両親の仕事の都合で今日からこの学校に編入してきた海原遊(うなばら・ゆう)です。よろしくお願いします」
 僕は教壇に立って、小さくお辞儀をした。
 つい先日まで普通にクラスメイトとして接していた相手に、初対面の人間として自己紹介するのはとても変な気分だった。
まあ、女子としてよりはましかもしれないけど。
 教室全体から、どよめきやらざわめきやらが聞こえる。
 結局、姉と散々話し合った結果、僕はこの高校に『男として編入』することになった。
というか、『女として編入』させようとする姉を、僕が何とか押し切った。
 さすがに今回の責任は感じているらしく、意外にあっさりと引き下がってくれた。
「ああ、でも祐ちゃんみたいにかわいいコが男の子の制服を着るのも、燃えるわねー」
 ……といういう台詞は是非とも聞かなかったことにしておこうと思う。
 そんなわけで今日。本来の僕『海原祐樹』は入院ということにして、その従兄弟の『海原遊』として編入した。
 まさか、前と同じクラスになるとは思わなかったけど。
 「海原君……遊君は、このクラスの海原祐樹君と従兄弟だそうです。
その祐樹くんは今入院中だけど、代わりにみんなが、この学校に慣れるまで色々と教えてあげてね」
 ざわざわざわ。
「はい」
 メガネ委員長こと空木都(そらき・みやこ)が、ざわめきのなかで真っ先に、まっすぐに返事をした。
 さすが品行方正・文武両道・眉目秀麗な完璧超人。犬川さんの予想よりカタイと言われるだけのことはある。
 ちなみに、我が親友川村は机に突っ伏して爆睡中のご様子。朝から豪快なヤツだ。
「じゃ……とりあえず入院してる海原君の席に座ってね」
 陸田先生、それはあんまりだと思います。とは思ったけれど、結局口に出したのは物分りのいい転校生らしい言葉だった。
「はーい。あ、教科書とか、まだ届いてないんですけど」
「うーん、どうしよっか。そうね、隣の空木さん、見せてあげて。あと、授業内容とかもフォローしてあげてね」
「はい。わたしはクラス委員の空木都よ。よろしくね」
 それはもう、紹介されるまでもなく知っていますとも。2−3の問題児2人組、海原と川村の天敵にして、学校最強の委員。
 通称・鷹の目の女。その、ベルリンの壁をも素手で砕くと言われる鉄拳制裁の前に、何度煮え湯を飲まされたことか。
 ちなみに笑うとかわいい。
「あ、はい。よろしくおねがいします。ええと、空木さん」
 そうして差し出された右手を、僕は握り返した。やわらかい。
あの、幾多の不良生徒を粛せ……いや、更生させた魔拳が? そんな馬鹿な。
「……どうしたの? わたしの手に何かついてる?」
「あ、いえいえ、なんでもないです。ただ、きれいな手だな、って」
「ありがとう。でも、あなたの手もきれいよ。女の子みたい」
 ぎくり。背筋がはねた。
「そ、そうですか? あ、え、えーと、あんまり運動しないからかな?」
 冷や汗をかきながら、言い訳してみる。
 彼女のほうには、特に他意はなかったようで、すぐに別の話に変わった。
「ああ、そうそう。あそこの席で寝てる、川村っていう生徒には気をつけなさい。強暴だから。
もっとも、もう片割れの最悪屁理屈男は入院してるからまだマシだけどね。って、あなたの従兄弟だったわね。ごめんなさい」
 はい、その屁理屈男です、と言いかかった言葉を飲み込んで、僕は言った。
「いえ、親切に、どうもありがとう」
 すると、照れたらしく彼女は頬を赤らめた。

 HRが終わった。
そして、1つ目の授業が始まる前の時間を利用して、興味津々な様子のクラスメイトたちが僕の机の周りに押しかけてきた。
「付き合ってる人はいるの?」「うわー、肌きれいー。お手入れとかしてるの?」
「星座は?」「血液型は?」「誕生日は?」「サインくださーい」などなど。っていうか、最後のは何だ。
「ほらほら、もう授業が始まるから、そういうことは後にしてね」
 ほとんどマネージャーと化した鉄腕委員長が、ワニワニパニックさながらにクラスメイトたちを押し返していく。
「……?」
 ふと視線を感じて振り返ると、川村がこっちをじっと見ていた。
「あ、はじめまして。海原遊です。ええと、川村さんですよね。祐樹から話は聞いてます。よろしく」
 無難に挨拶をしてみる。
 いくら親友とはいえ、今の僕と前の僕とでは体格からして違う。まさか、気づかれるということは無いだろうと思う。
「ああ」
 川村は短くそれに答えると、興味なさげにそっぽを向いた。
 覚悟はしていたとはいえ、さすがに親友にそういう態度を取られるのはつらい。
「コラ。授業始まってるぞ」
 いつの間にか入ってきた数学の谷(スラッシャー)義嗣が、いかつい手に持った教鞭で黒板を叩いた。

 その後、なぜか委員長が色々と気を使ってくれたおかげで、無難に学校生活を送ることが出来た。
 でも、2週間目……それは起こった。
「見たぞ」
 放課後、トイレに寄った僕を待ち受けていたのは、不良男・権田だった。
「な、なにを、ですか?」
「おまえ、女だろ」
「は? なにを言ってるんですか? 誰かと間違えてるんじゃ……」
「まあ、聞けや。俺が一昨日4時間目の体育の授業をサボる事にして、ここでタバコを吸ってたら、
お前がなにやらあわてて入ってきて個室に飛び込んでくるじゃねぇか。
ンで、ごそごそとやってる。気にならねぇほうがおかしいと思わねぇか? ……で、ノゾいてみたら、ほら」
「写真? ……っ!」
 権田が差し出した写真は、僕のトイレでの着替えシーンシーンを写したものだった。
ご丁寧なことに、はっきりと僕が女だということがわかる部分がクローズアップされている。
サラシを巻いた胸とか。姉特選の下着とか。
「バゴアバゴアー。運がよかったな。写真を撮ったのが俺で。俺以外だったら、早速ほかの連中にバラ撒いてたところだぜ」
「こ、こんなの合成じゃないの?」
「そうか? じゃあ、一応確認のために服を脱いでみろ。上だけでいいぞ」
 逃げられない。
 背中を、いやな汗がじんわりと伝っていく。
「……ち。手伝ってやれ」
「あいよ」
「おう」
 権田の子分その1とその2が、さりげなく出口へと動こうとしていた僕を挟み込んで、制服を掴んだ。
 今の体では、到底力ではかなわない。このままでは確実に脱がされて、バレてしまう。
「ほら。男だったら上脱ぐくらい、恥ずかしがるんじゃねぇ!」
「わかった。脱ぐから、離してよ」
「離してやれ」
「あいよ」
「おう」
 その1とその2が離れると、僕は、上着のボタンを外し始めた。
同時に、俯きながらトイレの出口のほうをちらりとチェックする。
 出口まで行くのに障害になるのは、権田ひとり。その1とその2は、僕の後ろにまわっている。
 なんとか、いちかばちか……。
 ばさぁっ。
「うわっ! てめぇっ!
 僕は、脱いだ上着を権田に叩きつけると、その脇を駆け抜けて出口へと走りこんだ。
 これで何とか、助かる。
「甘ぇんだよ!」
「ひぐっ!?」
 ……ドアの外側に、もう一人いた。
 殴られた。鳩尾に、激痛が走る。
 思わずうずくまった僕は、権田に掴まれて、トイレの中に引きずり戻されてしまった。
「この糞野郎……。もういい。剥ちまえ!」
「あいよ」
「おう」
「やっ、やめっ!」
 ばちっ。
 その1の力任せに、シャツの布地が破れた。
 サラシを巻いた胸があらわになる。
「今どきサラシかよ。抑えてろ」
「あいよ」
「おう」
 両腕を、その1とその2に押さえられた。
 権田が、ナイフを取り出した。
 もう、だめだ。僕は、観念して目をつぶった。
 ぷつっ。
 はらり。
 ただの布切れとなったサラシが、僕の胸から滑り落ちる。
「おうおう。かわいいもんじゃねぇか。サラシなんかする必要なかったんじゃねぇか?」
 大きなお世話だ。
 権田のごつい指が、その先端に触れる。
 僕は力なく首を振ることしか出来ない。
「それじゃあ、お楽しみの下を見せてもらうか」
 そると、権田はとんでもないことを言ってきた。
「やっ、それだけはやめて!」
「あぁ? てめぇに拒否する権利はねぇんだよ」
 そして、何の抵抗も出来ないまま、僕はズボンまで脱がされてしまった。
「はっ。なんだ、ずいぶん色気づいたモノ穿いてるな?」
 今日穿いていたのは、姉に押し付けられた、いわゆるヒモパン。
 恥ずかしさに、頭に血が上ってくる。
「さぁて……」
 権田が、そこまで言いかけたときだった。
 ごぉん。
 トイレのドアを吹き飛ばし、見張りの男が転がり込んできた。
 その後を追って、ゆっくりと入ってきたのは……。
「そ、空木っ!?」
「お楽しみのところ悪いけど、あなたたちはたった今死んだわ。
ま、最後にイイモノ見られたんだからいいじゃない。安心して地獄へ行きなさい」
「に、ににに、逃げるぞっ!」
「あいよっ」
「おうっ」
 ばたん。
 逃げる権田たちの行く手を阻むように、さらにもうひとりの人物が入ってきた。
「川村ぁっ!?」
「権田ぁ。 俺の親友を、よくもまあイジメてくれたなぁ? お礼に、空木よりは優しくブチのめしてやるよ」
「にゃろうっ!」
 ごがっ。
 膝蹴り一閃。キレて飛びかかった権田の股間に、川村の容赦ない一撃が叩き込まれる。
 権田は、股間を押さえながら泡を吹いて、そのままトイレの床に倒れこんだ。
ああ、元男として、同情に耐えない。ザマミロ。
「運がよければ、まだ使えるかもな」
 そう酷薄に吐き捨てた川村。
 同時に、鈍く不気味な音が数回続けて鳴った。
「あいょっ!?」
「おうっ!?」
 床に倒れこむその1、その2。白目をむいて手足を痙攣させ、完全に意識を失っていた。
「あら、少しやりすぎたかしら?」
 やりすぎというか、手足がありえない方向に捻じ曲がっているような気もしたけれど、それは見なかったことにしておこう。 
 
 誰もいなくなった、2-3の教室。
「まあ、要するにお前の姉さんにお前のことを頼まれてたってわけだ」
 机に腰掛けて、川村が言う。
 つまり、最初から知っていて、だからこそ僕にそっけない態度をとっていたということらしい。
「親友が女になったなんて、そんなのどうすれば良いかわかんねぇし……」
「それでわたしが川村君から相談された、というわけ」
 行儀よく足をそろえて椅子に座った委員長が、繋げる。
 なるほど。やけに親切だと思ったら、そういう裏があったのか。
「もちろんタダじゃないわよ?」
「は?」
「今度の文化祭の演し物、遊君にはお姫様役をやってもらうから」
「……は?」
「これはクラス中の承認を得た、決定事項よ」
 両手の指を組んで、その上に顎を預ける委員長。メガネが夕焼けを浴びてきらりと光る。
 川村はといえば、なぜかそっぽを向いて口笛を吹き始めた。このヤロウ。


 そして、僕の恥辱の学校生活は始まった。


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