こいつら、いったい何者なんだ・・・?暴走族なんかじゃない。それよりもっと、寒気がするような、
刃物みたいな殺気がこっちに伝わってくる。どうしてそんな奴等が、幾美を、姉さんを狙っているんだ・・・?

「何者なんだ、お前達!どうして幾美、いや姉さんを狙うんだ!?」
自分たちを取り囲む、黒ずくめのライダー集団にむかい、凛とした声で少年が叫んだ。
彼の名は涼川直。その華奢で女性的な外見に似合わず、高校では剣道部の部長を務めるほどのつわもの。
彼に不安げに寄り添う少女が、その彼の最愛の女性、義理の姉の幾美である。
わずかに時間を巻き戻し、この状況に至った経緯を説明しよう。

「よーし、今日の練習はここまでー!」
部長である直の号令が、稽古場に響き渡る。
「「有難うございましたーー!!」」
一斉に号令に応える部員たち。その後、部室での簡単なミーティングを終え、
部員たちに稽古場の掃除を任せて直は一人でシャワールームに向かった。
本心では愛着ある稽古場の掃除を人任せにするのは心ぐるしいものがあったが、
掃除に参加すると、他の部員たちと一緒にシャワーを使うことになる。
怪しげな目つきで自分を見るあいつらとそんな真似をするのは自殺行為だ。
実際に自分が一年の時の合宿で、当時の部長に旅館の風呂場で襲われかかったことがある。
あのときは部長を半殺しにしてしまって随分と大騒ぎになった。
そのときのことを思い出し、憂鬱な気分でシャワールームに向かう。
その途中で、栗色の髪の毛をした、柔らかな雰囲気の女の子に出会った。
「やあ、幾美。じゃなかった姉さん。」
どこか落ち着かない様子で、直が声をかけた。
「あら直、もう部活終わった?」
にこやかに応える幾美。
「あ、ああ。これからシャワー浴びて帰るところ。もし幾美さえよかったら、一緒に帰らないか?」
「ええ、もちろんいいわよ。」
「じゃ、すぐシャワー浴びて着替えてくる。待ってて。」
そう言って走り出す直。
 コックを捻ると熱いお湯が吹き出し、とても体育会系とは思えない直の柔らかい体をすべり落ちる。
ふう・・・、と一息つく直。本人に自覚はないが、その気がない者にとってもたまらなく扇情的な光景だった。
その最中、直は何か邪まな気配を感じ取った。それは殺気とは違う、もっと不純な、そしてギラギラしたもの。
直がとっさに振り向くと、全裸の部員たちが血走った目で直を見つめていた。
あの時と同じ・・・! 直は貞操の危機どころか生命の危機まで感じた。
「ああ、もう掃除終わったのか。ボクはあがるから、みんなゆっくり浴びてっていいよ。
最後にあがる人は、鍵を掛けるのを忘れるなよ。それじゃ、また明日。」
そう言い残してその場を逃げようとする直。
「部長!」
部員たちの中でもひときわ大きな体の副部長が、これまたひときわ大きな声で直を呼び止める。
それを合図にしたかのように、部員たちが直の前に立ち塞がる。
「な、何だよみんな。」
引きつった笑顔でごまかそうとする直。しかしその笑顔は血迷った男たちの目には天使の笑みと映った。
「部長!お背中、お流しします!」
「「お流しします!!」」
副部長の声に、部員たちが唱和する。
何故か全員、筋肉を誇示するようにポージングしながら。
うちはボディビルディング部じゃないんだけど・・・。直の笑顔がますます引きつる。
「やだなあ、もうあがるって言ったじゃないか。」
「そんなつれない事を言わずに、部長!たまには我々部員との、男同士の裸のつきあいも大切だと思いませんか?!」
言ってることは正論だけど、血走った目で言われても恐ろしいだけだよ・・。直はそう叫びたくなった。
だが最早逃げられそうにもない。
 男を狂わせる魔性の部長・直(男・十八歳)は覚悟を決めた。
「それじゃあ、お願いしようかな。」
内心の動揺を隠して笑みを浮かべ、部員たちに答えた。
その笑顔は、いささかぎこちないものであったが、血迷った部員たちには以下同文。
「ウオオオォォォォォ!部長ォォォォォ!」
それはシャワールームのある、部室棟の外で待っている幾美が驚くほどの大歓声だった。
おそらく全国大会で優勝しても、今ほどの歓声は上げないだろうというほどの。
「誰に頼もうかな?」
そっちの気はないはずなのに、妙にコケティッシュな仕草で小首をかしげ、むくつけき部員たちをますます虜にする直。
普段は毅然とした態度をとり、ときには大の大人を怯ませるほどの気迫を見せる彼だが、
時折こんな一面も見せて男どもを萌えの蟻地獄に引きずり込むのだ。
意図せずにやっているあたり、天然のタラシと言えようか。
部員たちの鼻息がどんどん荒くなっていく。
「それでは副部長である不肖、この自分がお背中を流させていただきます。」
その途端、部員たちから不平不満の声があがる。
「副部長、横暴!」
「俺達も部長にイタズラさせろー!」
「独り占めすんなこのホモゴリラー!」
おぞましい本音がシャワールームに飛び交う。直はいますぐにでも舌を噛み切って死にたくなった。
「ええい、黙れ黙れ!これは副部長の特権だ!!」
「そんな特権あるわけないだろ。」
即座にツッコミを入れる直。
「もういいかげんに、あがらせてもらうよ。このままいたら風邪ひいちゃうしさ。」
さんざん気を持たせておいて、肝心なときにこのつれない態度。直はある意味、罪つくりな少年だった。


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