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今年のホワイトディは休日だった。
どれだけの女性ががっかりしただろう。
でも、本当の本当の相手なら。
それにかこつけて、実は誘ってたりなんかするんだよね。
「あ〜あ。」
陽も高く上りきった上天気の休日。
蘭世はせわしなく部屋の掃除をしていた。
一段落つくと大きなため息。
もしかしたらの期待はあった。
昨夜お弁当を届けに行った時も。
でも・・・
「さんきゅ、いつもわりぃな。」
「ううん。」
さりげなく、さりげなく蘭世は聞いてみる。
「明日の練習は何時まで?」
「そうだなぁ・・・いつもどおりじゃねぇか?どうした?」
「そう、じゃいつもと同じ時間にお弁当持って来るわね。」
「ああ。」
少しだけ不審気な俊に慌てて
「あ、明日は何が食べたい?」
「なんでもいい。」
「もう・・・」
少しだけ膨れた蘭世にぷっとふきだしながら俊はぽんと蘭世の頭を押さえる。
「じゃ・・じゃ、また明日ね・・」
蘭世はそのぬくもりにどきまぎする。
「気をつけて帰れよ?」
「うん。」
足音をなるべく立てないようにとそっと階段を下りていく蘭世。
そんな彼女を見守る俊。
そのとき振り向けば、蘭世は見たことがない俊が見れたのに。
そう、俊の優しい瞳。
「ふぅ・・・」
もう一度ため息。
「よし!」
階下に下りていくと、キッチンで腕まくり。
「あら、蘭世。」
「台所使うねぇ〜〜。」
蘭世は冷蔵庫を開けるとやおら料理を作り始める。
椎羅はそんな蘭世を見つめる。
・・わが子ながら・・よくやるわねぇ・・・・
俊への食事を作っていることは百も承知である。
そうこうしているうちにいいにおいがリビングにも漂ってくる・・・。
「お母さん、作りすぎたから夕食にも食べようね?」
「あら、ありがとう。助かるわ。」
「うん!」
準備をめぐらせていると、玄関のチャイムが鳴った。
「はい。」
椎羅が玄関先に出て行く。
「あらあら・・どうぞ。」
誰かが来たらしい。
足音が聞こえた。
「蘭世。」
「はい。」
顔を上げた蘭世の眼に飛び込んできたのは、いとしい人だった。
「真壁くん・・・なんで・・・?」
「今日は半日で終わったんだ。」
「江藤、借りていっていいですか?」
「ええ、ええ、どうぞ。」
にこやかに微笑んで椎羅は蘭世を促す。
「え・・え・・・え・・・?」
「じゃ・・・」
考える間もなく蘭世は連れ出されてしまった。
すたすたと歩く俊についていく蘭世。
・・どうして・・・?なんで・・?・・・
疑問符ばかりが頭をめぐる。
ふと、足を止める。俊が振り返る。
「どうした?」
「・・・どうして?」
蘭世は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
俊は少し困ったような顔をしながら蘭世のそばに立つ。
「あのな・・・俺だってちっとは考えているんだよ。」
「え・・・?」
本当は今日が休みで心底よかったと思っている俊なのであった。
学校なんぞにいたら、いつなんどき俊の見えない場所で蘭世を見つめている男どもがなにを言うかもしれない。
これ幸いと告白を考えているやつが多いことを知っていた(こんなとこで能力使うなby作者)
俊はジムのトレーナーに今日の練習は半日にしてくれと願い出ていた。
「おーおー真壁も男だねぇ・・・」
からかい半分にそういわれながらも俊は頭を下げて出てきたのだ。
「それ・・・どういう意味?」
蘭世は小首をかしげながら問いかける。
「・・ったく・・」
そういいながら俊はまたすたすたと蘭世を促しながら歩き始める。
どこへ行くとも何をするとも言わないままに。
ついたところは俊のアパートだった。
「入れよ。」
「う・・・うん・・・」
ドアを開けた瞬間、部屋にほんのり漂う何かの香り・・・・
「・・?・・・」
後ろの俊を気遣いながら、慌てて部屋の中に入る。
「座れよ、まぁ。」
きょろきょろしながら蘭世は言われるがまま畳に腰を下ろした。
俊は台所へ行く。
「あ・・・なにか・・」
「お前は座ってろ。」
そういうとなにやらしている雰囲気があった。
・・・なんだろう・・・それにこの匂い・・・
それは徐々に強くなる。
しばしの沈黙があった。
台所では、俊がなにやら動いていた。
「江藤。」
「は・・はい!」
眼の前に差し出されたのは、湯気の立つ皿。
「これ・・・」
「・・・・まぁ。食え。」
ぶっきらぼうに言ってのける俊、そんな俊の前にも同じものが置かれていた。
「・・・味は保障しねぇぞ。」
蘭世はスプーンをとり、中身を1さじすくって口に含む。
「・・・・おいしい・・・」
味ももちろんだが、それ以上に蘭世は感極まっていた。
「そうか・・・」
そういうと俊も食べ始める。
温かい空気が二人を包む。湯気の温かさも、一緒に。
「ごちそうさま。」
そういうと蘭世は食器を片付けようとする。
「いいよ、俺がやるから。」
蘭世の手からひょいと深皿を取り上げるとシンクにおいてくる。
戻ってくる俊を蘭世は見つめた。
「ん?」
「・・なんで・・・?」
不可思議そうな瞳。俊の指が蘭世の頬に触れる。
「ついてるぜ?」
「え?」
ぽんと音がしそうな感じで頬を赤らめる、俊の指先がそれを拭い取るとぺろっと指先で舐め取る。
「ね・・・なんで・・・?」
もう一度同じ質問を繰り返す。
「・・まぁ・・なんだ・・・その・・・」
照れくさそうに俊は言う。
「お返しだな。」
「え・・・・?」
蘭世の頬がさらに赤くなる。
「・・ありがとう・・」
「い・・いや・・・」
なんとなく照れくさそうな二人の距離。
俊は思い切って蘭世を腕の中に抱き寄せた。
一瞬こわばった後、力を抜く蘭世。
・・・真壁くん・・・・好きよ・・・・・
ストレートな感情が俊に伝わる。
俊は蘭世のあごに手を添えるとそっと自分のほうへ向かせる。
視線が絡まる。
そのまま、緩やかに眼が閉じられた・・・・・・。
やわらかいマシュマロのような感触。
ためらいがちな俊の舌が蘭世の唇をなぞる。
「ん・・・・」
ぱさりと畳の上に黒髪が広がる。
時間なんてわからないほど、二人、そのままでいた・・・・・・。
優しい日差しが差し込む中。
どれだけでも、互いが互いの中にあった。
つながったその熱が。
二人を包んでいた・・・・・
「ねぇ、真壁くん。」
「なんだ?」
「また、作ってね?」
「そのうちな。」
「おいしかったもん、私が作るより上手だね?」
「そうか?」
・・お前の料理のほうがうまいよ・・・
思ってはいても決して言わない俊ではあったが。
「送るぜ、行くぞ。」
「うん。」
ドアを閉め出て行く二人。
その指先は来たときとは違って、少しだけ絡ませて。
穏やかなホワイトディの午後。
二人の秘密。
きっと誰も知らない。
FIN
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