kiseki


「ハッピ〜バースディ、蘭世。」
「おめでとう。」

「ありがとう!!!」
満面の笑みで答える。

家では簡単ながらもパーティーの準備がされていた。
ごくごく近しい知人だけが招待された。
和やかな時間が家を包んでいた。
「ねぇ、蘭世。真壁くんは?」
「え・・あ・・うん・・」
その瞳が少しだけさびしげに翳った。
「まぁた、ボクシング?」
呆れたように楓が答えると蘭世は慌てたように
「で・・でも、今は練習しっかりやって、その・・試合に・・ね・・だから・・・私・・いいんだってば。」
・・そうよ・・真壁くん・・忙しいんだもの・・・・こんなことで・・わずらわせちゃだめ・・・
「ほら、みんな来てくれているし、あっちにおいしい料理あるの。ね、食べて。」
笑顔を作りながら、蘭世は楽しげに振舞う。
楓は気になりながらも、それ以上は追求しなかった。
「江藤さん。」
「ゆりえさん・・来てくれたの?ありがとう・・」
「はい。」
大きな花束とともにその後ろから克が顔を出す。
「荷物もちってとこだけどな。じゃ・・」
蘭世に渡すとそそくさと立ち去ろうとする。
「日野くんも、少し寄っていって。」
にっこりと蘭世は言う。その言葉に克はゆりえをみやる。
ゆっくりと頷くゆりえ。
「じゃ・・少しだけ・・」
その2人の様子に蘭世は嬉しさ半分、寂しさ半分。

「あれぇ?真壁は?」
「え・・?だって、今日練習・・」
「さっき見かけたぜ。町で。」
「・・え・・・?」
蘭世が哀しげな表情をした。
「克・・・」
ゆりえがつんとつつく。
「あ・・で・・でも・・・見間違いかもしれねぇし・・・」
頭をかきながら克はばつ悪そうにしている。
「そうね・・ね。あっちに飲み物あるから持って来るわね。待ってて。」
長い髪をなびかせながら蘭世が歩いていく後姿をゆりえは見つめた。
「まったく、克・・・」
「いやぁ・・でもな・・・」
克はゆりえに耳打ちする。ゆりえの表情が見る間に変わっていた。
「そうなの・・・」
「ああ。」
そうこうするうちに蘭世が戻ってくる。
「はい。」
「ありがとう。蘭世さん・・」
「はい?」
ゆりえが口を開こうとしたそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「あとでいいから、どうぞ?」
「ええ。」
ぱたぱたと玄関へ行くと、宅配便が届いたとのこと。
差出人は
”筒井”
大きな真っ白な花束。
いろいろな種類の白い花が集められたそれはかぐわしい香りを立ち上らせていた。
「いいにおい・・・」
ふっと、心にさびしさがよぎる。
頭をふるふると振ると蘭世は笑顔でみんなのいる部屋へと戻っていった。

午後いっぱい、江藤家は明るい笑い声で満ちていた。
そんな家を少し離れたところから見つめ続ける人影一つ。

・・・ったく・・・
そんなふうに1人ごちりながら。

「じゃ、またね。」
「楽しかったよ。」
1人、また1人と帰宅の途についていく。
先ほどまでの喧騒がうそのように引いていく。

「祝ってくれてありがとう。」

蘭世はみんなにそういいながら見送る。

「ゆりえ。」
「ん?」
「あ・れ。」
克はちろっと窓の外の物陰を指差す。
「まぁ・・・」
「さ、帰ろうぜ。俺たちも。」
「そうね。」
見送りしている蘭世が戻ってくる。
「私たちもそろそろお暇するわ。」
「来てくれてありがとう・・・素敵な誕生日になったわ。嬉しい。」
2人は顔を見合わせて微笑んだ。
「まだ、誕生日は終わってないでしょう?」
「?」
不思議そうに蘭世は首をかしげる。
「ああ、そうだなぁ・・・・」
克はにやにやしながら脱兎のごとく玄関を飛び出す。
「え・・あ・・日野くん・・?」
「江藤さん・・・」
ゆりえが微笑みながら外へと誘う。

「離せよ、このやろう!!」
「いいって、いいって。ほら照れるなって。」

「真壁くん!!!!」

びっくりしたように蘭世が叫んだ。
その声に俊は抵抗をやめた。
「・・んだよ・・」
「さて、帰るかな、俺は。野暮はいやだしな。」
「そうね・・」
行きがけの駄賃とばかりに日野は俊の耳元で何かを囁いた。
俊の表情が見る見る変わる。
口をぱくぱくさせながら、何を言ったらいいかわからないといった様子。

「じゃぁな!真壁。明日でも成果を聞かせろよ!!」
「さようなら、江藤さん。」

「とっととかえっちまえ!!!」

その2人の後姿に向けて俊は叫んだ。
両肩を上下に動かしながら、あらん限りの声で。

「・・真壁くん・・・来てくれたの・・・」
控えめに声をかける。
「ありがとう・・今日は逢えないと思っていたから・・嬉しい・・」
「あーその・・なんだ・・・あー・・」
蘭世に背を向けたまま、俊はなにやら言いよどんでいた。
・・今日は・・忙しかったのかな・・・・・・・その・・
俊の心に蘭世の声が飛び込んでくる。
・・・あの・・・・誕生日なんて・・真壁くんにとっては・・そんなに・・ばからしいよね・・やっぱり・・
「ああ〜〜もう!!!」
俊はいきなり振り返ると、蘭世の肩をがしっと掴む。
「ま・・真壁くん?」
・・なに・・・どうしたの・・?なにか私悪いこと言った?・・・?・・
「頼むから・・」
「・・え?・・」
「気がついたの、今朝起きてからなんだよ。」
「??・・」
「悪かった、忘れていたわけじゃなかったんだ。」
「え・・?・」
蘭世は戸惑う。
「・・・お前の誕生日・・・」
「え・・だって・・・でも・・・再来週試合だし・・その・・迷惑かけちゃ・・いけないし・・」
「それでも!!」

・・いつもなにもお前をかまってやれてない俺だ、せめて・・・・

「ほら。」
ごそごそとポケットから小さな箱を取り出した。
「そんないいのじゃねぇからな。」
開けてみるとそこには華奢な銀色に光るブレスレット。
「かわいい!!・・・ありがとう・・」
「つけてやるよ。」
悪戦苦闘しながらもなんとか蘭世の手首におさまる。
思った通り白く細い手首にそれはよく似合っていた。
「日野のやろうに見られていたとは思わなかったけどな・・・」
「あ・・それで・・・」
蘭世はあらためて俊を見つめる。
そのTシャツは汗でぬれている。
「・・いつから・・ここに?」
「・・ああ・・・」
・・・かれこれ2時間もうろちょろしてたなんていえるかよ・・・・・
「つい・・さっき・・・だ・・」
それがうそとわかっていても蘭世はにっこり微笑んだ。
「そう・・まだ、おうちに冷たい飲み物残っていたと思うわ、少し寄っていって。」
「・・・・」
2人の間を風が吹き抜ける。
黒髪の隙間に、細く白い首筋が見えた。
俊はそのまま思わず蘭世を抱きしめた。

「真壁くん・・・・・」
「・・・・・・・でと・・・」
囁くほど小さな声で、蘭世の耳元にだけ聞こえるように。

周りの音が消えた。
息が止まるかと、思うほど。
短い・・・・・kiss。

ばっと身体を離すと、俊はきびすを返して走り去っていった。
蘭世はただ、呆然とその場に立ち尽くしていた。

・・夢じゃ・・ない・・?・・・

思わず頬を自分でつねってみる。
「いたぁ〜い・・」

・・夢じゃ・・ない・・・・

「うそぉ・・・・」

腰が抜けたようにその場に座り込んでしまう。


そして、眼を閉じ、俊の言葉を思い返す。

・・・誕生日・・おめでとう・・・・・







・・・・・蘭世・・・・・






バースディの奇跡。

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