「寒いなぁ・・・・」
ほんの少し前まで残暑と思っていたら急に寒くなった秋。
口元近くまでストールを巻きながら蘭世は帰宅の足を急いだ。
「ちょっと買いすぎた・・・かな?」
ぱんぱんに膨れた買い物袋を提げる指先が冷える。
それでも何とか陽が完全に落ちきる前に自宅へと到着する。
「あ〜もう・・・」
うっかり昼間天気が良かったから遠出して買い物に出かけてしまったらあれもこれもと手を出すうちに山盛りとなった荷物。
がさがさと袋から出すと所定の位置へと片付けていく。
「ん〜・・・」
それでもおいしそうな食材を見ると思わず頬が緩む。
「ま、いいか。しばらくは買い物を控えよう。」
一人ごちながらその日の夕餉の準備に取り掛かる。
「寒くなってきたから今日はお鍋にしようっと。」
煮物にするつもりで戻していた干しシイタケを取り出すとそれを食べやすい大きさに切って土鍋に戻し汁ごと入れる。
買ってきたばかりの食材から豚肉の切り落としも一緒に入れる。
「あと・・は・・っと・・・あったあった。」
食糧庫から緑豆春雨を出し水につけ戻し始める。
冷蔵庫からは白菜を取り出し、白い部分だけを鍋に入れた。
柔らかい葉の部分はざく切りにしてざるに置いておく。
「よし、これでじっくり火にかけている間に他の準備ね。」
蘭世は手際よく副菜と翌日の朝食の準備、お風呂の用意、寝室の片付け・・・
やることはたくさんあった。
そうこうしているうちに温かく良い香りが家じゅうに広がる。
「ん〜・・・いい感じ・・かな?」
土鍋の蓋を開けると湯気が上がる。
小さな器に塩と一味唐辛子、小瓶にごま油を入れて卓上に並べる。
「あとは・・・」
と言っているうちに玄関先で小さく物音がする。
「あ!」
リビングから玄関へと抜けると案の定、俊の帰宅であった。
「お帰りなさい。」
「おう。」
いつもの時間、いつものあいさつ。
「もうすぐ夕食出来るから、お洗濯ものだけ洗面所に置いておいてくれる?」
「わかった。」
蘭世はキッチンへ、俊はバスルームへと入るとそれぞれが支度を整える。
キッチンでは土鍋の蓋をあけ、戻した春雨とざく切りの白菜を入れるとその上からごま油を一回しして再度蓋をする。
取り皿と副菜をお盆に乗せてダイニングでの食卓を整える。
ざっくりとジャージに着替えた俊が新聞を片手にリビングへと戻ってくる。
「もうすぐよ。」
「ああ。」
そんな日常の一コマが過ぎていく。
・・・・・う〜ん・・・・
新聞を読んでいるフリをしながら俊は蘭世の存在を感じていた。
・・・・・・いいな・・・・
なにがどうというわけでもない。
特別なことを蘭世がしているというわけでもなかったが俊はそれでもそんな感覚を味わっていた。
「できたよ〜〜。」
蘭世がキッチンからリビングの俊に声をかける。
新聞を軽く畳みテーブルに置くと見えないことをよいことにいそいそとダイニングに向かうのであった・・・・
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