the necessary one 4
「俺は、俺のために戦いました。」
記者会見の会場は一瞬水を打ったように静まり返った。
「真壁さん、それはどういう意味で。」
「自分との、戦いだったという意味です。」

その瞬間俊の脳裏に何かが煌いた。


そうだ。
俺は怖かったのだ。
自らの存在価値が無くなったように感じてー

誰かのために戦うというのはとても気分がいい。

お袋のために。


魔界のために。


彼女のために。

そして自分のためにも戦っていたと思っていた。

でも違う。

本当の意味で自分のために戦ってはいなかった。

自分のために戦うとは自分に勝つことだ。
自分の中の弱さに勝つこと。
自分の心に勝つことだ。

そこに他の何かがあってはならない。

慢心が無かったか?などという戯言が気持ちの中にあるその時点で自分に負けている。
誰のために戦うのか?などということも。

自分自身が自分自身のために戦う。
それは楽しいためにするものではない。

自分を強くするためのものだ。


どんなことにも揺るがない自分を創るために。
そのために戦う。

自身が、自身であるために。

自分が自分であるために、彼女が。
彼女だけが必要であることを。

他の誰でもない、彼女だったからこそ自分の甘えをぶつけ、全てを許されたいと願った。
受け入れられたいと望んだ。
どんな理不尽なことでも。
自分のことだけを。

それは違う。

受け入れられたい。
望まれたい。
許されたい。

ならば。

受け入れよう。
望もう。
許そう。

相手が相手であることを。
自分が自分であることを。

互いが互いであるからこそ、認め合えるのだと。

自らが自らであってこそ、初めて相手と向き合えるのだ。


最初は答えが無いから苛立つ。
苛立つからその出口を探す。

出口が見つかるまで、そばにいて欲しいんだと相手に伝えていれば。

そうすれば。
きっとあんなふうに泣かせなくても良かった。

ぶつける事で何か見つかるなんて本当はありえないことは一番自分が知っている。


そばにいて欲しかっただけ。
温もりを感じていたかっただけ。
全てを受け入れて欲しかっただけ。
包まれていたかっただけ。

何も言わなくても許されることだけを願って、それを口にすることすら出来なかった。

ただ、それだけの甘えた自分であっただけだ。

そんな自分を彼女が見放したりしないか考えるのが怖かった。
どんなことをしても自分のそばにいてくれるという確証が欲しかった。
何をしても。
どんな時でも。
いつでも。
いつまででも。

俺だけのものでー

それを認めるのが、怖かったのだと。

彼女を自分だけで埋め尽くしてしまいたいとそう、願って。
いたのだと。
自らの弱さごとすべて。

「それはタイトル戦が怖かったという意味に取ってよろしいですか?」
「いいえ。」
俊は正面を見据えた。
「タイトル戦は俺の夢でした、こんなに早くめぐってくるのは幸運でした。ですから怖いという感情はありません。」
「ご自身の為というのは?」
記者からの質問が飛ぶ。
「・・・・・・試合というのはそういうものでは無いでしょうか。」
俊はそう言ってそれ以上の詮索を封じ込めた。
「最後に写真撮影に入りますので・・・・」
仕切っている会場の案内係りがそうアナウンスすると俊はトレーナーとともに席を立つ。
降るように浴びせかけられるフラッシュに俊は包まれた。
「この後は別会場で祝勝会・・・」
そんな声が聞こえてくる。

光の渦から解放されるとロッカールームに移動した。
手早くシャワーを浴びて着替えて出なくてはならない。
慌しく歩くその後ろに曜子が声をかけた。
「急いでね、車用意しておくから。」
「ああ。」
そして俊にあてがわれた部屋のドアを開ける。

さぁっと風が吹いたような気がした。

「?・・」
ほんの一瞬のその動きに俊は困惑しながらもせわしなく支度をしようとしたそのとき荷物に止められた紙片に気がついた。

”おめでとう”

そう一言だけ書かれたそれが誰のものかはすぐにわかった。
「・・・来てたのか・・・そうか・・・」

・・見て・・くれたんだな・・・・


俊は大事そうにその紙片を財布にしまいこむと準備を続けた・・・・・・・・・


祝賀会は盛大なものとなっていた。
ひな壇に登らされ慣れない挨拶を済ますと俊は様々の人に取り囲まれる。
それもようやく落ち着いた頃曜子が力と近寄ってきた。
「俊!おめでとう!」
「ああ、サンキュ。」
「嬉しいわぁ!うちのジムにとっても名誉なことだもの♪」
「いろいろしてもらったから、おやっさんには、それは何よりだ。」
「曜子、親父さんが呼んでるぞ。」
「え?力先に行って聞いておいて。」
「仕方ないな、すぐ来いよ。」
「ええ。」
力は俊に会釈すると会話を交わす暇もなく去っていく。
「ねぇ、俊。」
「なんだ?」
片手のウーロン茶を飲みながら俊は一瞬気を引き締める。
「今日蘭世は?」
「試合を見には来ていたみてぇだけどな。」
何でもないような風で答える。
「見なかったわよ、会場で。」
「お前、リングそばだっただろうが。あいつの席はあんまり前は渡してねぇよ。」
「探したもの!いなかった。」
「・・・見つけられなかっただけだろうよ。」
「終わってからも探したのよ!この会場につれてこようと思っていたのに!」
「そういうの苦手だろ、あいつ。判っていて避けたのかもしれねぇ。」
「もう!・・・・・でも俊。」
「なんだ?」
「吹っ切れたのね。」
「なにがだ?」
「この曜子様の目を欺けると思って?何かあったでしょ?」
「・・・なんもねぇよ。」
「もう!俊は何時だってそうよねぇ!」
曜子の目の鋭さに内心ひやひやしながら俊は平然と答えた。
「・・・ま、いいわ。とりあえずおめでとう。・・・はやいとこ仲直りしといてね。」
さらっと最後にきりつけると曜子は力が手招きする場所へと向かう。

・・・相変わらず、鼻が利くな・・・
さすがヨーコ犬・・・と思ったことは秘密だが。

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