Bitter Va lentine

・・ぴちょん・・・・・
窓を落ちる雨音が部屋に響く。

静かな時間。
さっきまであんなにはしゃいでいたのに。

小さなちゃぶ台の上にはアルミホイルがいくつかと二つのマグカップ。
まだ少しぬくもりも残っている。
沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「・・・ありがとね。」
「ああ・・・」
「じゃ、帰る。」
立ち上がりコートを着ると彼女は玄関に向かった。
彼はそれを見送るように眼を向ける。
「・・・・・・ねぇ?」
「何だ。」
「何故、彼女なの?」
「・・・・わからねぇよ。いまでもな。」
苦笑交じりに彼が答えた。
「私じゃ、駄目なのね?」
「・・・・・」
一瞬の戸惑い、そしてきっぱりと。
「ああ。」
「・・・判った。ありがとう。最後にきちんと言ってくれて。」
「お前は大切な友達だからな。」
「・・・・・うん。」
目じりに光ったものは互いに見なかったことにして、アパートの扉が開き、そして閉まるー

ふうと大きくため息をつくと彼はちゃぶ台を片付ける。
控えめなノックの音がした。
2度。
「誰だ?」
「私・・・」
ドア越しに小さな声。
それだけでも相手がわかる。
「ああ、開いてるぜ。」
ドアが開く。
「・・・・・真壁くん・・・」
「入れよ。」
「・・ううん・・・いい。今日はこれ渡しに来ただけだから。」
いつもの弁当袋に小さくカラフルな紙袋。
「今日はもうバイト無いからあがっていけばいいじゃねぇか。」
片づけを続けながらも俊はそう続ける。
「雨が強くなる前に帰ろうと思うから。じゃ、また明日。」
そう言って玄関に荷物をおくと帰ろうとする蘭世を俊は近寄って抱きしめた。
「・・・・帰るなよ・・・」
「・・・真壁くん・・・」
「神谷を・・・気にしてんのか?」
「・・・だって・・・」

・・・・知っていたから、彼女がどんなに彼を好きだったのか・・・・

「それで、今日あいつがここに来るのも知っていたのか?」
俊の腕の中で小さく頷く。
「電話が来たの。神谷さんから。真壁くんのところへチョコを渡しに行くから。私にも来てって・・・」
細い声で続ける。
「来ない、つもりだったの。今日は。でももう一度電話が来て・・・・来なきゃ絶交だなんて・・・言うから・・・」
「・・神谷らしいな・・・」
「神谷さん・・・は?」
「帰った、少し前な。」
「・・・・・・・」
「私・・・・」
蘭世の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「お前の所為じゃないだろう?」
「でも・・・・」
「誰の所為でもないんだ。」
そう、俊は宥めるように。そして自らにもそう言ったー

蘭世が俊の部屋に入るのを少し離れた場所から曜子は眺めていた。
そうしてすぐには出てこないことを確認するとようやく納得したように俊のアパートを後にする。
「雨でよかったなぁ・・・・」
小さく一人呟く。
「傘さしてれば見えないもんね。」
両目から細く流れ続ける光るそれ。

「ずっと好きだった・・・」

・・・・物心ついた時にはもういたから・・・
・・・おば様がお母さんになってくれないかなと思っていた。
・・・俊と私とお父さんとおば様とずっと一緒に・・・・

そばにいたからこそ判った。
俊の目がいつしか蘭世を追うようになっていたこと。
本人すら気がついていなかった頃から。
そうして何時しか、二人だけの何かを紡いでいった事にも。
認めたくなかった、俊と結ばれるのは自分だとずっと信じていたから。
でも認めなくては前に進めなくてー

「・・・うっ・・・・ひっく・・・・・」

・・・俊・・・・大好きだったの・・・・大好きで・・・・
・・・・・誰にも渡したく無いほど・・・・

だから邪魔をした。
二人の間に割って入って一緒に過ごした。
そうすればするほど二人の絆が強くなっていることに気がつきながらも気付かないふりを続けた。
そのうち二人ともわかっていながら三人で過ごすことを受け入れていく。
それも悲しかった。
悲しくても、一緒にいる時間をなくすことの方がつらくて、見ないふりをした。

「・・しゅ・・ん・・・・俊・・・・・・・ひっく・・・」
涙が止まらなかった。
本当に、本当に。

「曜子。」
暗がりから力が声をかける。
「・・な・・・・なによ!」
傘に隠れて涙をぐいっとぬぐうと
「なんでこんなとこにいるのよ!ちょっと!」
「なんでって・・・ここ、俺んちのそばだけど?」
「え?」
気がつくと角を曲がると力の家というところを歩いていた。
「車で帰ってきたら曜子の傘が見えたからな。なにしてんだかと声をかけたんだが・・・チョコでも持ってきてくれたのか?」
「な!なんであんたなんかに持ってこなきゃなんないのよ!!」
「違うのか?・・・まぁいい。茶でも飲んでいけ。」
「か!帰るわよ!」
「・・・・・・・」
力は一瞬小さく笑うと
「そんななりで返したら俺が神谷のおやじさんから怒られる。とりあえず寄れ。」
「・・・・・そんななりってどんなよ!」
「自分でわかってんだろ。ほら。」
傘を取り上げると力は曜子を抱き寄せた。
「な!!何すんの!離しなさい!!!」
「泣きたいときは男の胸で泣くもんだ。ほらよ。」
振りほどこうにもその腕は優しく、離そうとはしない。
堪えていた。
それすらも解けていく。

・・・好きなわけじゃないもの・・・でも・・・でも・・・・

「・・・・・う・・・・・ぅぅ・・・」

・・どうして、いつも、・・なんだろう・・・?・・
ぎゅっと力は曜子を強く抱きなおす。
「・・ひ・・・ぁぁ・・・ひっく・・・うぁぁ・・・」
よしよしというように背中をなでるその手。
偽りではないやさしさがあった。

雨音が、強くなったような気がしたが暖かい温もりの中でゆっくりと遠ざかっていった・・・・


ー小半時。
俊は蘭世を部屋に上げると何をするでもなく二人でいた。
でも不快ではなかった。
ただ、いて欲しいとそう願い、その願いを受け入れている状態。
何かしたいから一緒にいるのではなく。
何が欲しいからそばにいるのではなく。

ただ互いが互いだからそこにいる。

だから選んだんだー

「江藤・・・」
「はい。」
蘭世は衝かれたように俊を見つめた。
「お前は何も悪くないし、神谷も悪くない。・・・そして多分俺も悪くはないんだと・・・思うんだ。」
「・・・・・」
「さっき、神谷が来てバレンタインだからって持ってきたよ、そして・・・・・」
言いよどむ俊に蘭世は眼で頷いた。
「きっと、彼女には俺じゃない誰かが必ず見つかる、そう信じてもいる。」
「・・・・うん・・・」
「・・・・・・・俺が・・・・・」

俊は言葉を捜した、そして見つからなかった言葉の代わりに蘭世を強く抱きよせるとその唇を重ねた。
「!・・・・」

・・・・お前を見つけたように・・・・・

強く、深く口付ける。
「真壁・・・くん・・・・」
心が唇から唇へと受け渡される。
少しだけ甘さと苦さが混ざったような口付け。
傷つけてないなんて言わない。
でもそれでも互いが互いでなければならなかったなら。

それすらも全て二人が受けるべきものだから。

何度も、何度も離れては近寄り、吐息を絡め少しだけ涙の混じったキスを繰り返す。
「・・・ん・・・」
「・・・いつか・・・」
「・・え?・・」
俊の腕の中から蘭世が見上げるとその瞳がぶつかる。
「いつか、さ。」

・・・・・きっと、大丈夫・・・

「神谷さん・・・だものね・・・きっと・・・」
「・・そうだ、神谷だぜ。あの。」

二人はすべてを飲み込んで、そう言って小さく笑いあう。
そして思い出したように
「あ、ね。ご飯・・・」
「あ・・ああ、そういやそうだな。」
「あっためようか?」
「ああ・・・・そうだな。」
「ん、じゃちょっと待っててね。」
勝手知ったるとばかりに台所に向うと俊は残された小さな箱を手に取る。

・・・あいつらしいな・・・・

曜子と重ならないようにとの配慮なのだろう、チョコレートコーティングしたさくさくしたサブレ。
星型、ハート型、そしてなぜかボクシンググローブ型とバラエティに富んでいる。
数も俊が甘いものがそれほど得意ではないことも考慮して小さ目を少し。
「いつの間に開けてるの〜。」
「いいだろ、くれたのはお前だろうが。」
「そうだけど〜。」
一枚口にくわえるとさくっと噛み切る。
「まぁまぁだな。」
「そんな〜。」
「まずくは無い。」
「・・・おいしいって言ってくれてもいいのに・・・」
「飯は旨いぜ。お、さんきゅ。」
ちゃぶ台に弁当と味噌汁が並ぶ。
さっさと食事に手をつけながらも傍らにお菓子の箱は置いたまま。
「ちゃんと後で食うよ、ありがとな。」
「うん♪」
いつもと同じ夜。
ちょっとだけ違うアイテムが今日という日を教える。
少しだけ変わった関係ー


やさしい時間。
少しだけの辛さをそれぞれが知った夜。

明日からもきっと一緒に過ごすことは出来る。

それぞれがそれぞれにとって大事な人だからー


Fin

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル