#1 賢者の憂鬱、令嬢の意地 2

カイルは考える。なんだろうか。とりあえず思い当たる項目が見つからない。
「分かりませんの?」
「いや…えぇと…そうだっ!奥田民生のファーストアルバムのタイトルですね!」
がたたんっ。
シャロンは椅子に座りながらも器用に転んでみせた。
「あれ、違いましたか」
「全然っ、違いますわっ!!」
力強く否定するシャロン。そして姿勢を正すと、ふぅ、と息を吐きながら続けた。
「29回というのは…私の、芸能クラスにおけるテストの連続トップ合格回数…ですわ」
「そうなんですか」
「そうですの。本当なら、今日のテストで30の大台に、到達するところでしたのよ…」
そう言うとシャロンはキッとカイルを睨む。
「貴方に、その座を奪われさえしなければっ!」
「……えっ、僕のせいですか?」
コーヒーに含まれた甘みは、どうやら彼の頭の働きを鈍くさせてしまったらしい。そんな悠長な態度が、シャロンの炎のような激情に油を注いでしまった。
「貴方のせいに決まってるでしょう!?まさか、私が悪いとでも言われるんですの?」
「いえ、この場合、誰が悪いとかそういう事では…」
「言い訳なんて聞きたくありませんわ!」
「いや、言い訳というつもりじゃ」
「おだまりなさいっ!!」
(おだまりなさい、と言われてしまった…)
軽く凹むカイル。それでもシャロンの調子は止まらない。
「とにかく、私は今回の件でいたく傷つきましたの」
「はぁ…すみません」
「謝るくらいなら、最初からやらないでいただけませんこと!?」
トップ合格を、という意味だろうか。それならば、横暴以外の何物でもない。
「とは言いましても…」
しかし、そこでシャロンは視線を落とす。
「テストの成績というものは、あくまで実力ですから、そんな横暴なことは言いませんわ」
(さっき、思いっきり言ってましたけど…)
そうは思っても、口には出せないカイルだった。
そして、そんな彼の意思などおかまいなしに、シャロンは続ける。
「今度の定期テスト。私と貴方で、勝負いたしましょう」
「はい?」
「対象は全てのジャンルで、単純に合計点数の多い方が勝ち。負けた者は勝った者の言う事を、なんでも一つ聞く。よろしくて?」
「………はぁ」
「今度は私も本気を出させていただきますから。せいぜい覚悟なさる事ねっ」
「………はぁ」
「それでは、私は失礼させていただきますわ。おーっほっほっほ!」
高笑いをしながらシャロンは席を立ち、カフェテリアを後にする。ちなみに、トレイは置いたままだった。
「………はぁ」
一人になったカイルが、今度はため息をつく。
(なんだか、面倒な事に巻き込まれてしまったような気がするなぁ…)
そんな時、授業の終了を知らせるベルの音が学校中に響き渡る。
穏やかだと思えた時間は、いつの間にかどこにも無くなってしまっていた。


「…フッ、なんだか面白い事になってきたな…」
そんなカイル達を、遠くの席から見ていた男がいる。
「あれっ、セリオスじゃん。お前、なんでチョコパフェなんか食ってんだ?」
その男、セリオスは振り返る。彼の同級生であるレオンが、不思議そうな顔で立っていた。
「いや、実は僕も3番目に合格してここに来たから、存在感をアピールしようと思って頼んだんだが…結局気づかれなかった…」
「…なんか意味がよくわかんねーけど、まぁ、がんばれ…」


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