『ひでぼんの書』外伝:
ラストダンサー

前の話次の話

 『AZE-03F“ソロ”』

4. NO CHASER

「あ、あの……S君……」
「どうかしましたか?」
「流石にこの格好は……どうかと思うの……」
「今更何を言ってるんですか。それより早く行きましょうよ。追っ手が来るかもしれないんでしょう」
 真っ赤な顔で前屈みになって自分の身体を抱き締めるあたしに、S君はあの冷笑を向けた。
 今のあたしの服装は、黒いハイレグTバックのショーツに、薄手のピンク色したキャミソール――ただそれだけ。ブラもストッキングも許されなかった。おまけにキャミソールは丈が短くて、普通に立つとヘアが全然隠れてないショーツが丸見えだし、だからといって裾を下に引っ張ると、今度は胸元が乳首まで丸見えになってしまうの。いいえ、薄手のキャミソールはただ立つだけで、あたしの輪郭から乳首まで薄っすらと透かせている……
 ……なぜこんな事になったのだろう。
 いや、原因は分かっているんだけど……
 対アルタン・ボブロフ中尉戦で、影踏みの力を使いすぎたあたしは発情し、S君を押し倒しちゃったんだけど……うっかりまた母乳を飲まれちゃったんだ。再び人格が変貌したS君に嬲られたあたしは、言われるがままにこんな破廉恥な格好をさせられて……
「早く外に出ましょうよ。追っ手から逃げなくちゃ」
「で、でも……まだ昼間なのにこんな格好で……御近所の目もあるし……」
 S君は無言で“それ”を取り出して見せた。
 遠隔操作式のリモコンスイッチを。
「あっ! そ、それはダメ――」
 かちっ
 ブブブブブブブブブ……
「ひゃうううううん!! え、Sくぅん!! ダメぇぇぇ!!」
 乳首とクリトリスに走った稲妻のような刺激に、あたしは悶絶しながらしゃがみこんだ。
 凶悪な振動であたしを責めるのは、乳首とクリトリスに貼り付けられたローターだった。S君のリモコンのスイッチに反応するローターの与える快感は、あたしから抵抗の意思も理性も根こそぎ奪い取ってしまう。
「あふぅうううう……と、止めてぇぇ!!」
「ほら、出発しますよ」

 この時期では珍しいくらいの陽気だった。
 さんさんと輝く太陽は冬の空気を幾分和らげて、道行く人達も皆コートを脱いで肩にかけている。
 しかし、さすがにあたしみたいな薄着で外を出歩く者はいない。
 『痴女』以外の何者でもない姿で、あたしは商店街の大通りをふらつきながら進んでいた。
 今すぐ全力疾走で逃げ出したいくらい恥ずかしい。せめて早足で駆けたいのに、最弱レベルに振動を落としたローターの快感がそれを許さない。溢れ出た愛液が太ももを伝い、母乳が胸先を濡らしてローターの貼られた乳首をくっきりと透かして見せる……このあまりに非現実なシチュエーションに夢見心地になっていたあたしは、ここで初めて、S君の姿が見当たらない事に気付いた。
「S君?……どこ? あ、あたし怖い……」
「ここにいますよ」
 すぐ目の前から返事が来た。しかしそこには誰もいない……?
「何を驚いているのですか。“星の精”に透明化能力があるのは、Sさんも御存知でしょう」
「いやぁ……お願い、姿を見せて……一人にしないで……」
「嫌ですよ。痴女と一緒に歩いてたなんて、噂されたくないですから」
「ち、違う……あたし、痴女なんかじゃないわ……」
「本気でそう思っているのですか? なら周り見てくださいよ」
 言われた通りにして……あたしは息を飲んだ。
 大通りを行く大勢の人々が、一人の例外もなく、みんなあたしの事を見ている――!!
 よくお喋りをする近所のおばさん達も……馴染みの八百屋や肉屋のおじさんも……遊び相手になっている子供達も……あたしに憧れの視線を向けていたお隣の中学生も……見知らぬサラリーマンや学生達まで……みんなみんな、清楚な外人の奥さんで通っていたあたしの事を、好奇と嫌悪と欲情と侮蔑にまみれた、淫猥な眼差しで見ているの……
 あたしの恥ずかしい姿が……みんなに見られて……みんなに目で犯されて……あはははははは……
 虚ろな笑い声が聞こえる。
 それはあたしの笑い声だった。
 ブブブブブブブブブ……
「あぁあああああああっっっっっ!!!」
 突然、乳首とクリトリスへの振動が強くなった。たまらず大通りの真ん中にしゃがむあたしの耳に、みんなの声が聞こえてくる。
(なんだよあれ……)
(変態よ変態……)
(うわ、すげぇ格好……)
(痴女って本当にいるんだな……)
(見ろよ、こんな所でオナってるぜ……)
(おい、誰か警察呼べよ……)
(恥ずかしい……)
(私だったら自殺してるわ……)
(おい、皆でホテルにでも連れ込もうか?……)
(あんな良い女が、勿体無ぇ……)
(へへへ、俺が満足させてやろうか?……)
(頭おかしいんじゃないの……)
(おい、あの人、山田さん家の未亡人じゃねぇか……)
(やだ、あんな人だったの?……)
(欲求不満なのかね……)
(あんな淫乱女だったなんて……)
「――んぁああああああああッッッ――!!!」
 みんなが、みんなが、みんなが見ている中で……涙とよだれと母乳と愛液をたっぷり吹き出しながら……あたしはイっちゃいました……
 ……あはははは……もう、あたし……ここに住めなくなっちゃった……あはははははは……

 あまりの恥ずかしさと気持ち良さに放心状態になっていたあたしは、目に見えないS君に引き摺られるように大通りを移動した。傍目には実にシュールな光景に見えただろう。
「ふわぁ……どこ行くのぉ……」
「だから、追っ手が来るから逃げなきゃいけないんでしょう?」
 しかし、それは新たな羞恥地獄への入り口だった。昨夜、肉体的にあたしを苛め抜いたS君は、今度は精神的に苛めるつもりらしい。
 朦朧とするあたしの意識がかろうじて覚醒したのは、四方から異様な圧迫感に包まれたからだった。
 はっと辺りを見渡すと、視界は背広や制服をメインとした男の人が充満する密閉空間――
 そう、いつのまにかあたしは満員電車の中にいたのだ。
 い、いやS君、いくら追跡者から逃げる為とはいえ電車を使うのはちょっと……無関係な人を巻き込む恐れがあるし、何より目立ちまくるし。それに、この路線は痴漢が多いから、普段あたしは女性専用車両を愛用しているんだけど……
……って、S君? いるんだよね?
 返事は握り締めるような胸への愛撫だった。
「ふわぁあああああああっ!!!」
 絶叫に近い嬌声が車両中に響く。車内の人間全員があたしに注目した。しかし、あたしにそれを気にする余裕はなかったの。透明になったS君による公開乳絞りに、あたしは悶絶するしかなかった……ああ……目の前に座っているおじさんが目を丸くしている……前屈みになっているから、母乳が滲み出るおっぱいの先端が顔に触れそう……
 次にS君が責めたのは下半身――
「ああっ! だ、ダメよぉ……そこはあっ!!」
 乳房への愛撫でたまらず前屈みになって突き出たお尻を押さえて、キャミソールの裾をめくり上げたの……丸見えになった黒いTバックのお尻を掴み、左右に振りながら、ヴァギナやアヌスを広げて見せるようにマッサージするの……傍目には、あたしが腰を突き出して自分から淫猥にお尻を振っているようにしか見えないでしょう……
 あたしを舐めるような視線で見つめる男の人達が、一斉に喉を喉を鳴らす音が聞こえる。
「いやぁ……やめてぇ……恥ずかしいぃぃ……ひゃうっ!?」
 “決壊”は唐突だった。
 目の前に座るおじさんがいきなりあたしの乳房を握り締めて、乳首に噛みついてきたのだ。同時に四方八方から伸ばされたあたしの体中をまさぐり始めた……!!

「やぁああっ……さ、触らないで…そんな所っ……あ、ああっ……」
 弱々しい抵抗の声は、男達の獣欲を高めるだけだった。人間の姿に化けているとはいえ、邪神の淫靡な誘惑に理性を破壊されない人間などいない。
「い、いやぁ……きゃうぅ!! あはぁああ……ぁああっ!!」
 キャミソールの中に直接腕が伸びて……おっぱいが壊れるくらい激しく揉まれちゃって……みんなの前で公開乳絞りされちゃう……いやぁ……母乳を直接飲まないでぇ……お尻や太ももにも何本もの手が……ぁああ……そんなに撫で回さないで……ひぐぅ!……クリトリスがぁ……千切れちゃうよぉ……ひゃうっ!!……ヴァギナと……アナルに……何本も指が入っていくぅぅ……グチュグチュ音を立ててかき回されてぇ……んはぁ!!……も、もう、もう入らないよぉ……やめてぇ……
「んはぁあああっ!! やだ、やぁああっ!! イクっ! イっちゃうぅぅぅ!!」
 たちまち上り詰めて達するあたし……でも卑猥な手の動きは止まらない……またすぐにイっちゃうあたし……何度も何度も、終わる事無く強制的にイかされ続ける……
 ――無言で男達の手があたしの身体を陵辱する、車両の全ての男の人が参加した、公開痴漢プレイ――
 びゅるっ
「ひゃう!?」
 突然、剥き出しのお尻に生暖かい粘液がかかった。それが何なのか、肌を滴る感触だけでわかる自分が恨めしいわ……ああ……またザーメンで汚されちゃうのぉ……嫌ぁ……
 にゅぎゅっ
「あっ……」
 手を取られた……勃起したペニスを握らされた……熱い肉棒が掌の中で脈動している。すぐに爆発した白い溶岩が、指の間に浸透する。その感触が、あたしの頭の中も真っ白にしちゃうの……
 びゅっ びゅるっ びしゃ ぷしゃ ねちゃあ……
 あああ……ザーメンが……真っ白なザーメンが……男の欲情の汚泥が……あたしの身体中に降り注いで……もう全身真っ白に……ダメぇ……もうかけちゃやだぁ……もうこれ以上精液漬けにしないでぇ……もうあたしにザーメンかけないでぇぇぇぇ!!!
「もっとぉ!! もっとかけてぇ!! あたしをザーメン漬けにしてぇぇぇぇ!!!」
 男達の精液と欲情の視線をたっぷり浴びながら、あたしは何度目かもわからない絶頂を迎えた――

 ――駅の近くの公園には、大勢の浮浪者が住んでいる。
 もちろん浮浪者さん達も、好き好んでこの寒風吹き荒ぶ公園にいるわけじゃない。ここ最近の不景気で近隣の工場が次々と閉鎖したのと、行政の手入れで住む場所を失った周辺の路上生活者達が集まり、自然に浮浪者達の溜まり場と化したそうだ。まったく、行政も少しは融通を利かせろっていうんだ。
 おかげでこの公園には、浮浪者以外の人間はほとんど足を踏み入れない。公園の中央に置かれたドラム缶の焚き火の周りに、大勢の薄汚い浮浪者がいるだけ――
――いや、今日に限っては部外者が一人いた。正確には二人だけど、片方は体を透明化している。
 その部外者とは……もちろんあたしだった。
 それも全身ザーメンまみれのキャミソールとTバックという、誰よりも汚れた姿で……
 突然、こんな姿で現れたあたしに、浮浪者のおじさん達は唖然としたようだけど、
「……お、おじ様方……あたしのオナニーを……み、み、見て……下さいぃ……」
 泣きながら、そして笑いながら、S君に強要された台詞を言うと、浮浪者達の表情は唖然から呆然に変わった。
「あ……あはは……い、今から……始めます……お触りは……厳禁です……あうぅ……ですが……み、皆さんよろしければ……た、た、たっぷりザーメンをあたしに……かけて下さいぃ……うううっ……」
 あたしは力尽きたように地面に腰を下ろすと、ゆっくりと足をM字開脚に広げた。浮浪者達が喉を鳴らす音が聞こえる。黒いハイレグTバックは下着と呼ぶにはあまりに面積が少な過ぎて、アソコのビラビラも金色の茂みも全然隠せていなかった。
 そんな下着に左手をかけて、一気にぎゅっと引き絞る。ただでさえヒモみたいだった黒い布地は限りなく細い線と化して、勃起したクリトリスも、グチョグチョのヴァギナも、ぽっかり開いたアヌスも、丸見えになっちゃった……膣壁とクリトリスに下着が食い込んで、もう発情しっぱなしのあたしに痺れるような快感を与えてくれる。
「ふわぁあああ……ぁああっ……ああん」
 そのまま何度も下着を食い込ませると、断続的な快感と一緒に愛液が止めど無く溢れ出てきたぁ……あははは……
「あふぅぅん……気持ち…ぁあ……イイですぅ……」
 たまらなくなったあたしは、キャミソールからおっぱいをまろび出して、開いてる右手で思いっきり強く揉み絞った……ふぁあああああっっっ!!!

 プピュ!!
 白い母乳がアーチを描いて吹き出ると、浮浪者達の間から歓声にも似たどよめきが起こった。
 あはぁあああ……みんな見てる……汚らしい浮浪者が、もっと汚いあたしを見てる……んんんっ……クリちゃん気持ちいい……もっと強く擦っちゃおう……んはぁ!! あああぁっ!! ああ……やっぱりイイわぁ……でも、おっぱいはもっと気持ちいいのぉ……んはぁああっ!! ぼ、母乳が射精みたいにビュービュー出て……おっぱいを扱くのが止まらないよぉぉぉ!!!
「ダメぇ!! もっとぉ……もっとあたしを見てぇ!! あたしを苛めてぇ!!」
 あたしは浮浪者達にお尻を向けるように四つん這いになった……いわゆる雌豹のポーズね……皆に見せ付けるようにお尻を振りながら……ヴァギナとアヌスに両手の指を入れて……んぁあううっ!! き、気持ちいいよぉ……グチュグチュ動かすともっと気持ちイイのぉ!! ああ……おっぱいも気持ち良くしなくっちゃ……母乳が止まらないおっぱいはぁ……この剥き出しの地面に擦り付けてぇ……あぐうぅ!! きゃあぅぐうぅ!! ゴツゴツした地面と……ヤスリみたいな砂が……固い小石が……おっぱいを苛めてくれるのぉ……んはぁああああ!! 気持ちいい!! 気持ちいいですぅぅぅ!!!
「へっ、本物の痴女ってやつかい」
「こんな所でストリップ見れるなんて思わなかったわい」
「お望み通り、たっぷり汚したるわ」
 あはぁあああ……浮浪者のおじさん達が……汚れたペニスを擦ってる……こんな汚いあたしを見て、オナニーしてくれている……いいわぁ……見て……もっと見てぇ!! あたしの恥ずかしい痴態を見てくださいぃぃ!!!
「うおおっ!」
「出すぞ!」
「ぐっ!」
「きゃああああぁん!! あはぁぁぁ……あはぁ♪」
 あは♪ 黄色く濁ったドロドロのザーメンがぁ……またあたしの肢体を汚してくれるのぉ……もっとぉ……もっと汚してくださぁい!! 精液の匂いが一生取れなくなるくらいにぃ♪
 ジョロジョロジョロジョロロロ
 きゃうん!! あ、あたしのアソコに……ザーメンじゃない……オシッコが……オシッコがかけられてる……ああぁぁ……
「お、おい爺さん……」
「ワシはもう歳なんで立たないんじゃ。代わりにこれで汚してやるわい」
「へへへ、見ろよ。この女ションベンかけられて喜んでるぜ」
「こりゃ完全に変態だな……すげぇ上玉なのに、勿体無ぇ……」
「それじゃ、俺達の小便で綺麗にしてやるか」
「ひゃはは! そりゃいいな!!」
 しゃぁああああああああああああああ――!!
「はぐぅぅぅ……んぱぁ!! あっあっあぁあああああっ♪」
 んきゃあん♪ おじさん達のオシッコが、あたしのアソコに、お尻の穴に、おっぱいに、顔面に、身体中に浴びせられているぅ……温かいよぉ……臭いよぉ……気持ちイイよぉ……美味しいよぉ!!
「あはははははは♪ もっとぉ……もっとかけてぇ!! もっと見てぇ!! もっと飲ませてぇ!! もっと汚してぇぇぇ!!!」
 恐らく世界最悪の形で汚される中、あたしは嘘偽りない歓喜を感じていた――

「……ねぇS君……どうせなら、もっと普通のやり方でして欲しいんだけど……」
「何度も言いましたが、今更何を言ってるんですか」
 ようやく透明化の能力を解除したS君は、例のサディスティックな笑みを浮かべながら、あたしの頬を撫でました。いやらしく、舐め回すように、ねっとりと。
 そんな彼に対してあたしが何もできないでいるのは、精神的に完全に隷属していたからだけではなく、物理的にも身動きできないからなの……
 浮浪者のおじさん達にザーメンとオシッコで汚され尽くされたあたしは、しばらくしてS君に公園の男子トイレへ引き摺られていきました。そこであたしは、白と黄色のまだら模様になった下着とキャミソールを剥ぎ取られて、完全に拘束されちゃったの……それも普通の拘束じゃないんです。両手両足の手首足首を、それぞれトイレの天井の四隅に繋げるように荒縄で縛られて、空中でうつ伏せの大の字になるように吊るされているの……んぁああ……全体重が手足にかかってとても痛い……で、でも別に太ってるわけじゃないからな!! それは勘違いしないでね!!
 床上1.5mの高さでうつ伏せ拘束されたあたしは、もう抵抗する事すらできない完全な無防備状態に……でも、これからS君はあたしをどうする気だろう? さっきまでは浮浪者さん達に輪姦されるのかと思ったけど、どうもS君一人であたしを苛めてくれるみたい……
「……よし、準備OKです」
 何か隅の方でゴソゴソやっていたS君が、焦らすようにゆっくり振り向いて、あたしに何かを向けた瞬間――
 ばしゃああああああああ……
「きゃぁん!!」
 冷たぁい!? これは……水!?
 そう、S君はあたしに水道用ホースの水を浴びせてきたのです。おそらく全身のザーメンとオシッコの汚れを落とす為なのでしょう……でも、それは浴びせるというより叩き付けると言った方がいいくらい激しい水流だった。まるで全身を数人がかりで踏み躙られるような苦しみに、あたしは偽りなく悶絶しちゃったの。数分後、ようやく水撃が止まった時には、あたしは荒い息を吐きながら心底安堵して――
「それでは、本格的に綺麗にしましょうか」
 そう言ってS君が目の前に見せたのは……先端にタワシが付いた棒切れ……え?……これってまさか……
「え、S君? まさか、その便器ブラシで……」
「はい、そうですよ。Mさんには相応しいでしょう?」
「い、嫌!! そんなのいやぁ!!」
「我侭言わないでくださいよ」
「んきゃああああ!!」
 容赦なく全身を磨き洗う便器ブラシのおぞましい感触に、あたしは本物の悲鳴を上げた。
 汚物に塗れた便器ブラシが、あたしの身体中を這い回ってる……普通の人間なら絶対耐えられない屈辱と嫌悪感……でも……固くザラザラした便器ブラシが、あたしの乳房を、首筋を、お尻を、背中を、ヴァギナを、乳首を、太ももを、アヌスを、顔面を抉るように擦る度に……ああ……激痛と嫌悪と汚辱が……あたしの身体を駆け抜けて……気持ちイイのぉ……!!
「あぁあああ……どうし…てぇ……あぐぅ!! 気持ち…いいのぉ……!?」
 本物の嬌声を漏らすあたしの耳元で、S君が呟いた。
「それはですね、Mさんが便器だからですよ」

 ……え?……あは……あはははは……あはははははははは……そっか……あたし……便器も同然なんだ……でも、そうだよね……こんな事されて……こんなに……こんなに……気持ちいいんだもん!! あははははっ♪ あたし、便器だったんだ♪ あははははっ! ねぇ、もっと、もっとあたしを磨いてぇ……きゃふぅ♪ そう、そんな風にヴァギナをグリグリしてぇ♪ おっぱいを血塗れになるまで磨いてぇ♪ あはははははははは……あはぁ♪
 全身が赤むくれになりながら何十回もイキまくった『便器掃除』は、数十分後にようやく終わった。
「……あは……あははは……は……あぐぅ!?」
 連続強制絶頂でほとんど意識の喪失状態にあったあたしは、しかし股間に走った衝撃に無理矢理覚醒されられましたぁ……
 子宮口の入り口まで突き刺さった便器ブラシの激痛と快感も凄いけど、あたしを本当にゾッとさせたのは、アナルに深々と挿入された、さっきの水道用ホース……!!
「ぁああ……そ、そんなぁ」
「今度は身体の内側を綺麗にしますよ」
「い、いやぁ!! そんなのイヤぁ!!」
 水道の蛇口は無情に捻られた……全開で!
 んきゃぁあああああああああ――!!!
 入る!! 入ってくる!! 冷たい水がお尻の中にぃぃぃ!! だめぇ!! 多いっ、多過ぎるのぉぉぉ……く、苦しいぃ……!! あぐぅ!! だ、だ、ダメぇ!! もう入らない!! 入らないからぁぁぁぁぁ!! お腹が破裂しちゃうぅぅぅぅ!!!
 ……ようやく水道水のホース浣腸が止まった時、あたしのお腹は臨月の妊婦以上に膨らんでいましたぁ……
 もうカエルみたいに痙攣する事しかできないあたしのアヌスから、素早くホースを抜いたS君は、『中身』が漏れるより早く、もう一本の便器ブラシを挿入されました……アナル栓代わりらしいです……
 ぁああああぁ……痛い、痛いよぉ……く、苦しいよぉ……
「うぐぅぅぅ……と、トイレぇ……お願いよぉ……苦しいのぉぉ……トイレに行かせてぇぇぇ」
「トイレならここじゃないですか」
「んぐぐぐぅ……も、もうそれでもいいのぉ……お願いしますぅ……ぅはあっ!! 出させてぇぇぇ!!」
「ダメですよ、しばらく発酵させないと……そうだ!」
 S君の可愛い顔に、例の表情が浮かびました……
「Mさんが大好きな事で、気を紛らわせてあげますね」
 そう言って、あたしの乳首にチューブの付いたコップみたいな器具が取りつけられたの……チューブの反対側は何かモーターみたいな機械に繋がれて……これって、まさかぁ……!?
 ブブブブブブブ……!!
「いひゃああああっっっ!! 駄目っ!! だめぇ!! 止めてぇぇぇ!!!」
「乳牛用の搾乳機ですが、さすがMさん。ちゃんと搾れるんですね」
 おっぱいがぁぁ……おっぱいがぁぁぁぁぁ!!……壊れちゃうよぉぉぉ!!! いやぁあああ……ぁあああっ!! 母乳がぁ……止まらないぃぃ……駄目ぇ!! イっちゃうのがぁ……止まらないのぉぉ!! んぁああああああああ!!!
 ……まるで噴水みたいに吹き出る母乳が、チューブを通って搾乳機の中に吸い込まれていきます。
 射精がずっと止まらないと例えれば、男の人にもこの発狂しそうな快感を想像できると思います……
 でも、これもまだ序の口だったの……

「うーん、思ったよりもおっぱいが出ませんね」
 S君が口を尖らせました。
 嘘ぉ……こんなに沢山出ているじゃない……それに、朝からずっと母乳出しっぱなしなんだからぁ……
 心の中の叫びを尻目に、S君はあたしのおっぱいを上下から挟むように、二枚の板を取り付けました……板同士は両端が長いネジで繋がっています……こ、怖いよぉ……何をするのぉ……
「これで根こそぎ搾り取ってあげますよ。おっぱいの中身、全部ね」
 ネジがぎゅるぎゅると絞められて――
「あ―――――ぁああああ――――――!!!」
 もう悲鳴もまともに出せない激痛……上下からサンドイッチされてるおっぱいがぁ……どんどん板と板の間が狭くなってぇ……潰れるぅ……ほんとに、本当に潰れちゃうぅぅぅ!!! 板の間がもう2cmも無いぃ……行き場のなくなった母乳が噴出してぇ……搾乳機でも搾り切れないくらい溢れ出て……んぁあああああ!! おっぱいがぁ!!……おっぱいが千切れちゃうぅぅぅ!!! 痛い、痛い、痛いよぉぉ!! 止めてぇ!! もう駄目ぇぇぇ!!!
「ぁぁぁああああっっっ!!! もっとぉ!! もっと搾ってぇぇぇ!!!」
 天井から大の字に吊るされて……アソコとアナルに便器ブラシを挿入されて……お腹が妊婦みたいになるまで冷水浣腸されて……牛みたいに搾乳されて……おっぱいを万力みたいに潰されながら……あたしは感じていました。
 あはははは……あたしって……あたしって……本当に……変態なんだ……あはっ♪
「んはぁああああ♪ あふぅぅん♪ Sくぅん……もっとぉ……もっと気持ち良くしてぇぇぇ♪」
「ははは、良い具合に壊れてきましたね」
 涙とよだれを垂れ流すあたしの顔を、S君はそっと撫でてくれました。
「ぁああああん♪ もっとお浣腸してぇ……もっとおっぱい搾ってぇ♪ あたしを壊してぇぇぇ!!」
「そうですね。でも、そろそろみんなMさんの排泄シーンを見たいでしょうから」
「……え?」
 アヌスに刺さってる便器ブラシに、S君の手がかけられました。
「みんなが……見たい?」
 急速にあたしの心が冷えていきます。
 対照的に、S君の笑顔は明るくなりました。
「ほら、あそこを見てください」
 指差されたトイレの隅には……ビデオカメラとノートパソコンが!?
「ま、まさか……」
「気がつかなかったのですか。
今のトイレ調教は、全てインターネット経由で全世界にライブ中継されているのですよ。もちろんMさんの顔も名前も住所も全て公開してますから御心配なく」
 え……ええ……う、うそ……
「凄いですよ。もうアクセス件数は天文学的数字です。世界中の人間が、今、Mさんの痴態を見ているのですよ」
「い……いや……嫌っ……イヤぁああああ!!!」
「もうとっくに気付いているでしょう? 今回の調教は羞恥系だってね」
 ……世界中の人間に調教だけじゃなくて排泄シーンまで見られちゃう……
 究極の羞恥プレイ。
「やだぁあああああああ!!! やめてぇええええええ!!!」
「あははははっ! そう、その表情が見たかったのですよ。Mさんって真性のマゾだから、どんなに恥ずかしくてハードな調教しても、すぐに慣れて感じちゃうんですもん。やっぱり本気で嫌がって泣いてくれないと、こちらは面白くないんです」
「ダメぇええええええええ!!!」
 便器ブラシは無情に引き抜かれました。
 そして――
「いやぁああああああああああああ!!!」
 ……おそらく世界で一番惨めで哀れで恥ずかしい光景が、世界中の人間に目撃された瞬間でした――

「!?」
 ――その刹那、あたしは手足のロープを引き千切り、黒袈裟に錫杖ないつもの服装に変身しながら、まだ嘲笑しているS君の元へ突撃した。
「は?」
 まだ現状を把握してねぇS君をかっさらうと同時に、凄まじい轟音と共にトイレの壁、天井、床に何百発もの弾痕が刻まれる。ついでにビデオカメラとパソコンも粉砕されたけど、ちょうど証拠隠滅してくれたからOKだ。
 S君を抱いたあたしが飛び出すと同時に、ほとんど爆発するような勢いで公衆トイレは完全に倒壊した。
「ななな、何が起こったのですか?」
 あたしの腕の中でS君はお目々をぐるぐる回している。
「敵襲だ敵襲」
 つい数秒前まで羞恥調教プレイで喘いでいた余韻は、もう欠片も残っていなかった。この辺の切り替えが瞬時にできない事には、退魔師なんてとてもやっていられない。敵はこちらのコンディションなんて考慮してくれないのだ。
「まさか、追っ手ですか!?」
「そのまさかだろうな」
 いつもの気弱で情けない仕草から見るに、どうやら今の衝撃でS君も正気に戻ってくれたようだ。
 それにしても、今の攻撃は……何か重火器による奇襲のようだが……
 すでにとっぷり日の暮れた公園は、不気味なくらい静まりかえっている。

 きこ……きこ……

 誰かがブランコを揺らす音を除いて。
 まるで風景画のように気配を全く感じさせずに、独りブランコに腰掛けている影は、女のあたしから見ても息を飲むような色香を放つ美女だった。美しいブロンドヘアは前髪が奇妙な形にアレンジされて顔の半分を隠している。キリスト教系の女性用修道服、いわゆるシスター服を身にまとってはいるが、中身は領主をたぶらかす高級娼婦の様に妖艶だ。
「あの状況でよくそこまで俊敏に反応できたものだ。流石だな」
「誉めても何も出ねぇぜ」
 言葉とは裏腹の氷のように冷たい声に、あたしもそれ以上に冷えた口調で答えた。
「久しぶりだな、“シスター・ゲルダ”。本当の自分の姿は見つかったのか?」
「残念ながら。今の姿が一番それに近いらしいが」
「宗教関係者にしては、ちと色気過剰だと思うぜ」
「貴様に人の事が言えるか」
 軽口を交わしながらも、あたしは自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。
 シスター・ゲルダ――キリスト教圏最大の退魔組織『バチカン特務退魔機関“テンプラーズ”』所属の三大退魔師の一人。あのアルタン・ボブロフ中尉に匹敵する最強退魔師だ。どちらかと言えば退魔業よりも対異能力者戦闘で名を馳せている女で、一対一ならばいわゆる『敗北を知らない』ってヤツらしい。その能力は『触れた相手の姿に変身できる。その際、記憶と能力もコピーする』というものらしいが、そんな地味な力だけで最強退魔師の一人に数えられるとは思えねぇ。どうやらまだ裏技がありそうだが……とりあえず、この状況では絶対に会いたくない存在の一つなのは間違いないだろう。
「こんなに早く追撃が来るとは思わなかったぜ」
「あれだけ目立つ事しておいて、見つからない方がおかしい」
「う……」
 うう、反論できねぇ。
「し、しかし、あんた程の大物がお出ましとは、退魔業界が人手不足なのは本当らしいな」
「図に乗るな。私がこの地に来たのは、ツァトゥグア神の『接触者』絡みの件だ。貴様の一件など、大僧正殿にどうしてもと頼まれたから、仕方なく来てやったに過ぎん」
 ちくしょう、相変わらず厭味な奴だ。
「……だが、どうやら脅威度では、この件もそれに匹敵しかねんな」
 シスター・ゲルダの冷たい瞳に、危険な光が宿った。
「だからといっていきなり奇襲攻撃かよ。せめて最初は話し合いからって選択は無ぇのか? 邪神に対しては穏健派だって聞いてたけどな」
「アルタン・ボブロフ中尉と戦闘が行われた段階で、もうその可能性は消えている……腑抜けたか?」
 うるせぇ、言ってみただけだ。

 しゃりん!
 錫杖を地面に叩きつける。
「だったら今すぐブチのめしてやるぜ。男口調の金髪グラマーってキャラも被っているしな」
「わけのわからん言いがかりをつけるな!!……だが、貴様用のオモチャなら用意してない事もない」
 その台詞が終わるより先に、あたしは針を放っていた。
 だが――
 キンキンキンキンキン……!!
「!?」
 針は何も無い所で壁にぶつかるように弾かれた――あたしの目の前で!?
 眼前の空間にノイズが走る。
「こいつは――!!」
 次の瞬間、あたしの目の前に巨大な銀色の異形が出現した。サソリの尾を上下逆に付けたエイのようなシルエット――その頭(?)の下にあるガトリング砲が、真っ直ぐあたしの方を向いて――!!
「うぉおおおおおおお!?」
 S君を放り捨てたあたしの全身に秒間数百発の弾丸が叩きこまれた。半分は錫杖で叩き落し、残りの内の半分は黒袈裟に付与してある防御魔法と針で防いだが、残りは全てあたしの体に命中した。
 錐揉み状に吹っ飛んだあたしは、ジャングルジムに頭から突っ込んだ。
 すかさずそこにミサイルが叩き込まれる。
 大爆発は、一瞬、黒い星空を赤く染めた。
「Mさぁん……!!」
 S君の悲鳴を遠くに聞きながら、ミサイルが命中する寸前に錫杖を棒高跳びの要領で使い、空中へ逃れたあたしは“そいつ”を真上から見た。
 AZE-03F型魔道戦闘ヘリ、通称“ソロ”だと!? あのクソアマ、軍用ヘリを持って来たのか!!
 戦慄に背筋を凍らせながらも、あたしは空中で加速しながら落下した。回転するローターを攻撃してもいいが、あたしが狙ったのは着地点にあるコックピットブロックだ。突き出した錫杖は狙い違わずに命中――しない!?
 凄まじい放電と光のスクリーンが、錫杖を命中寸前の位置で急停止させた。電磁波の反発を利用した物理障壁、フォースフィールドだと!?
 頭上がぞくりと冷えた。ほとんどカンだけで横っ飛びに逃れたあたしの足先を、サソリの尾のようなヴァリアブルキャノンから発射された荷電粒子ビームがかすめる。
「逃げるぞS君!!」
 返事を聞くよりも先に、着地点にいたS君をかっさらい、あたしは脱兎の如く駆け出した。
 飛び越えた公園の垣根をすぐにガトリング弾が粉砕する。そのまま路上を疾走するあたしの足跡をなぞるように、凄まじい勢いで弾痕が道路に穿たれた。
 住宅街から大通りを抜けて、オフィス街へと逃げ出すあたし達を、上空からソロが正確に追尾してくる。あの巨体が猛スピードで迫り来るのに、ほとんど飛行音が聞こえないのが不気味だった。
 それにしても……深夜とはいえ、この状況で通行人どころか犬猫の一匹も見当たらないとは、明らかにおかしい。おそらくシスター・ゲルダが術なり使ってあらかじめ排除しているのだろう。だからこそ、こんな街中で戦闘ヘリなんて物騒な物を運用できるのか……って、
「んなっ!?」
「え?」
 あたし達は急停止した。弾丸に追われてたまらず逃げ込んだ路地裏が、無情にも行き止まりだったのだ。くそったれ!!
 ビルの壁面を破壊するにも、よじ登るにしても――
「間に合わな――!!」
 ミサイルの爆風は路地裏だけに留まらず、隣接するビルをも完全に破壊した。

 闇の中に頭上から響く爆音は、やけに非現実的に聞こえた。鼻をつく下水の悪臭の中に、火薬の匂いを感じるのは気のせいだろうか。
 ミサイル攻撃を食らう直前、間一髪でマンホールの中に飛び込み、下水道の中に避難できたのは良かったが、その場しのぎにしかなってないのは明白だろう。どうしても逃れられないのなら、何とかしてあの怪物ヘリを破壊しなければならない。
 だが、ソロはあたしにとっては最悪と言っても良いほど相性の悪い相手なんだよなぁ……相手が魔法や種族的特性の力で身を守っているのなら、闇高野退魔剣法で無効化できるんだが、ああいう『物理的に固い』相手には、単に錫杖でぶん殴ってるに過ぎず、ほとんどダメージを与える事ができない。影踏みの力を使って過去や未来を攻撃しても意味が無いし、針術で立ち向かうにしても、飛び道具の撃ち合いでは向こうの方が圧倒的に火力が上だ。
 魔法や特殊能力や種族特性に頼らずに、単純にでかくて固くて強い――そんな、少年向けマンガなら主人公にあっさり倒されるやられ役みたいな敵が、実はあたしにとっては一番厄介な相手なんだ。
 さて、これからどうするか……
「Mさぁん……大丈夫でしょうかぁ」
 S君が不安に満ち満ちた声を漏らすが、それはあたしの内心でもある。
「さぁな、少なくともこんな所にまでヘリが来るとは思えないが……」
 この子を安心させる為にそんな事を言ってみたが、気休めなのは自分でも分かっていた。そういえば、昔読んだマンガの中で、同じように下水道の中に逃げ込んだけど、すぐに追っ手が来たという話があったっけ……
 その時、爆音が下水道を震撼させた。
「え、Mさん!?」
「静かに!」
 闇の空気が振動し、土煙がもうもうと立ち込める。それを貫くように、一本のサーチライトの光があたし達を照らし出した。
 まさか……本当に来やがったのかよ!!
 S君を担いで必死に駆け出したあたしがさっきまでいた場所を、ガトリング弾が蜂の巣と変える。飛び散る火花が一瞬、銀色の猛禽“ソロ”の巨体を映し出した。
 だ〜〜〜っ!! 本当に直接来やがった!!
 全力で逃げ出すあたし達を、狭い下水道の天井や壁面をそのボディで粉砕しながら、ソロが無理矢理追いかける。さすがにスピードはガタ落ちだが、あたし達の方にも逃げ場がない。こんな所でミサイルを使うほど馬鹿じゃないのはさすがだが、ガトリング弾が足元を穿ち、荷電粒子ビームが頭上をかすめるのは、正直生きた心地がしなかった。影踏みの未来予知が無かったら、あたし達は一瞬で黒漕げのミンチにされていただろう。だが、このままではそうなるのも時間の問題だ。ちくしょう、“あれ”も見つからないし、一か八かで賭けてみるしかねぇか!!
「S君、目と耳と鼻と口を塞いでろ!!」
「は、はい!!」
「返事しちゃダメだってば!!」
 叫びながらあたしは数万本の針を放った。下水道の天井全体と、すぐ斜め前方の壁面に。
 下水道全体が大音響と共に、完全に崩れ落ちたのは次の瞬間だった――

「ううぅ……うわっぷ!」
 体中汚物塗れで泣いているS君に、バケツの水を頭からかけてやった。幸い、ここには水だけならたっぷりある。小便器や便座が並んでいる所を見るに、ここはどうやらビルかデパートの共用トイレらしいが、例によって人気は全く無かった。
 さっきはマジで間一髪だ。下水道の天井が崩落する寸前に、チョロチョロ汚水を垂れ流す下水管を見つけて、破砕術を付与した針で穴を広げながら無理矢理中に逃げ込んだのだ。影踏みの未来予知で下水管の場所は分かっていたものの、逃げ込むのが一瞬でも遅れたら、あたし達は数万年後に化石となって未来人に発見される羽目になっただろう。
 まぁ、逃げた下水管の先にあったのが、またトイレだったのはちとアレだが……今日はとことんスカトロプレイに縁がある日らしい。
「……これで、もう追って来ないでしょうか?」
「さぁな」
 足元の穴を覗きながら、あたしは軽く頭を振った。
 あたし達をここに導いてくれた下水管は、完全に瓦礫で塞がれいる。さっき散々走り回った下水道も同じ状態だろう。ソロも瓦礫に埋まっている筈だ。
「あうぅ……少し飲んじゃいました……ぺっぺっ」
「我慢しな。あたしなんてそれくらい平気だぞ」
「そりゃMさんは、そういうプレイが好きでしょうから……」
「な〜に〜か〜い〜った〜か〜な〜」
「ひゃうっ!! ご、ごめんなさ……あれ?」
 いつものようにS君の頭に振り下ろしたゲンコツは、しかしハエも潰せないくらい弱々しかった。そのまま床に崩れ落ちるあたしを、S君の悲鳴が迎えてくれた。
「Mさん!! Mさぁん!!!」
「……そんな大声出さなくても、生きてるよ」
 いや、揺り動かさないでくれ。痛いから。
 今まで気力で押さえていたガトリング弾の傷が、小休止した途端に開いちまったようだ。あの雨霰とばかりに降り注ぐガトリング弾を全て避けるのは、さすがに無理だったな。お腹に当たらなかったのは不幸中の幸いか。
 震える手で黒袈裟を脱ぎ捨てると、びしゃびしゃと大量の鮮血がこぼれて、床に赤い水溜りを作った。APタイプの徹甲弾を撃たれたから、弾は貫通して体内に残っていない。傷を塞ぐだけの応急処置で誤魔化すか。
「あまり見栄え良いもんじゃないから、見ない方がいいぜ」
 半泣き状態のS君に苦笑を見せると、あたしは弾痕に癒しの術を付与した針を突き刺した。あー痛ぇ。乳首が立っちまうじゃねぇか。
 全身にズブズブと針を刺しまくり、とりあえずの応急処置を終えたあたしは、床に体を横たえた。ちょっと血が増えるまで休ませてもらおう。やれやれ、あたしが足手まといになっちゃまったな。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ぼくのせいで、Mさんがぁ……」
 ポロポロ涙を流すS君の顔を、あたしはそっと撫でた。
「気にすんな、S君の所為じゃないよ」
「で、でも……ぼくがあんな事をするから追っ手に見つかっちゃって……」
「あれはあたしも悪い。それに追っ手がシスター・ゲルダなら、どんなに上手く隠れていても見つかってたさ」
「でも……でも……」
「男だったらメソメソしない」
 軽くこつんとおでこを突付くと、S君は素直に頷いて涙を拭った。まったく、そういう可愛い仕草をするから、こちらも全力で襲い……こほん、守りたくなっちゃうんだよねぇ……
「それよりも、あたしより自分の身の安全を心配しな。あんな強引な手段で出てくるとは、S君を五体満足でお迎えする気じゃなさそうだぜ」
 それがあたしの疑問でもあった。
 シスター・ゲルダは邪神に対しては穏健派だと聞く。それがあんな下手すりゃ邪神の怒りを買うような方法を使うとは意外だ。相手が邪神なら多少はミサイルやガトリング砲を使っても平気だろうと考えているのか? まさか、S君が邪神とは思えないくらいトホホな性格だって事がバレてるのか?
 それとも……何か邪神を怒らせても対抗手段でもあるのか? 知り合いにより強力な邪神でもいるとか……まさか、な。
「一応は邪神であるぼくの身よりも、Mさんも一緒に狙われる事の方が心配です。それに、これで平太さんが狙われるような事になるのではないかと……」
「あたしは大丈夫だよ。それに、平太が命を狙われるような事もないさ」
「どうしてそんな事が言えるんですか」
 S君は少しムキになっているようだ。対照的に、あたしは落ちついた声で答えた。静かに。そっと、優しく。
「あいつはもうすぐ死ぬからな」
 沈黙が耳に心地良かった。
 今日は静かな夜だ。
「……嘘でしょう」
「あたしが平太と魂を共有したのは、今から100年前だぜ。もうとっくに平太はヨボヨボのジジイになって病院のベッドにいるよ。十数年前から意識も無くて、ただ生きてるだけの状態さ」
「そんな……」
「脳軟化症も最近進行してな、あと1・2週間の命だとさ……まぁ、歳を考えれば大往生ってやつだ。悔いは無いだろう」
「だって、だってそれじゃあ、魂を共有してるMさんも!!」
「ああ、あたしももうすぐ死ぬよ」

 だから、今回が最後の仕事ってわけ。
 あたしみたいな半端者の邪神を今も生かしているのも、今回の追跡者が平太を襲わないのも、それが理由だ。ほっとけば近日中に死ぬのだから、黙って見ていればそれでいい。それに、死にかけの哀れな老人をわざわざ手にかけるほど、退魔組織も腐ってはいないという事か。
「だ、だ、だ、ダメです!! そんなの絶対に駄目ですよ!!!」
 痛ててて、そんなに情熱的に抱き付かないでくれ。それに泣きっぱなしじゃ可愛い顔が台無しだよ、S君……
「まぁ、死なずに済む方法はあるんだけどね」
「そ、それは何なのですか!?」
「ドリームランドへ行けばいいのさ」
 夢の国――ドリームランドに世界転移すれば、この世界に残る平太との魂の繋がりも消える。あたしは“食屍鬼”としての力と無限の命を取り戻す事ができるだろう。それに、今や地球の“食屍鬼”は、ほとんど全てがドリームランドへ移住してしまったから、孤独感に悩まされる事もなさそうだ。
 だが――
「だったら早くドリームランドへ行かなければ!! いつ平太さんが死んじゃうかわからないんでしょう!?」
「…………」
「まさか、ドリームランドへ行く方法が無いとか!?」
「いや、呪文一つで簡単に行けるけどな」
「だったら、なぜ!!」
 あたしはもう一度、S君の頬をゆっくりと撫でた。
「色々あるんだよ。色々とね」
 ……100年間魂を共有した相手を見捨てて、自分だけ勝手にドリームランドに逃げ出したら、バツが悪いからなぁ……
 それに、平太は寂しがりやだから、あたしがいないとS君みたいに泣いちゃうだろうし。
 あーあ、あたしももうすぐ死んじゃうのか、ちくしょうめ。
 やっぱり怖いよなぁ。邪神のくせに死ぬのが怖いなんて、人間出身の半端者である証拠かなぁ。いつもはそれを意識する度に、独り布団の中で泣いていたけど、S君の前じゃカッコ悪くてそれもできないしなぁ。
 まぁ、独りじゃなくて三人で死ねるのが、せめてもの救いだって自分を誤魔化すしかないか……無理があるけどなぁ。
「ダメ!! だめだめだめ!! 死んじゃ駄目ですよぉ!!……ううぅ……うぇえええええ……」
「いや、だから泣き止んでくれよ……これじゃあたしが泣かせてるみたいで――!?」

 S君を引き倒すと同時に、荷電粒子ビームの青い輝きが目の前を通り過ぎた。
 だぁ〜〜〜っ!! どこまでもしつこい野郎だ!!
 あの瓦礫の中から這い出てきたのか、別の機体が用意されていたのか、とにかくもう追いついて来やがった。
「ふぇええええ……!?」
「泣くのは後だ、逃げるぞ!!」
 全身の傷口が悲鳴を上げるのを無理矢理無視して、S君を小脇に起き上がる。トイレから飛び出した直後に、背後から灼熱の爆風に襲われた。ほとんど爆風に押されるように宙を飛び、なんとか着地したそこは――
「ここは……」
 非常灯の灯りが無機質に照らすそこは、極彩色のぬいぐるみやら人形が並ぶオモチャ売り場の一角だった。どうやら、さっきのトイレはデパートのそれだったらしい。
 問題は、デパートの外に面する壁が全て、スケスケの強化ガラスだって事だ。つまり、外にいるソロからは、こちらの姿は丸見えなわけで――
 ミサイルとガトリング砲と荷電粒子ビームは同時に発射された。
「うぉおおおおおおお!!! くそったれぇぇぇぇぇ!!!」
 瞬時に火の海に覆われた1階フロアからエレベーターホールへ飛び出したあたしとS君は、そのまま死に物狂いで階段を駆け上がった。このまま階段を上がっても袋小路となる事は承知しているが、何せ外から荷電粒子ビームとガトリング弾が壁を貫いて襲いかかり、そこに開いた穴からミサイルを叩き込まれるのだからたまらない。必然的にあたし達は上へ上へと追い立てられる事になった。よくもまぁビルそのものが倒壊しなかったものだ。
 しかし、ついに――
「え、Mさん!!」
「……やべ」
 ドアを蹴り開けたその先には、満天の星空と身を切るような冷風があった。
 開けた屋上――もう逃げ場はない。
 そこに猛烈な突風とサーチライトの輝きが降臨した。
 AZE-03F“ソロ”――銀色に輝く鋼の追跡者。
「え、え、Mさぁぁん……」
「こりゃ……本気でやばいな」
 どうやら、正面から殺り合うしかないと、覚悟を決めたあたしは錫杖を構えた――その時、
「……ぁ!?」
 視界の隅にあったドラム缶の上に、“あれ”が――!!
 ドラム缶の元へ疾走するあたし達に向って、全ての銃口が向けられる。途中でS君を押し倒し、跳躍したあたしの指先が“あれ”に触れようとした瞬間――ガトリング弾と荷電粒子ビームがあたしの体を貫いて――次の瞬間、全段発射されたミサイルが、屋上を火炎地獄と化した。
 ………………
 …………
 ……

『不味そうだな、こいつは』
 あたしは、はっきりと呟いた。
 炎と黒煙が一瞬、風に溶け消えた、その中には――S君をかばうように仁王立ちする、全裸のあたしがいた。
 だが、その肌は死者のそれに等しい褐色で、瞳は金色に濁り、爪は猛禽、牙は虎、耳は狼、長い黒髪は背中で鬣と一体化し、黒い尻尾をゆらゆら揺らすその姿は――

「“食屍鬼”!?」

 鋼の巨体が、確かにそう呟くのを、あたしははっきりと聞いた。

 ばくん

『……やっぱり不味い』
 しかめっ面でそれを咀嚼して、ごくりと飲み込んだ時には、上空のソロは欠片も残さず消滅していた……
「Mさん!!」
 S君が歓喜の笑顔で起き上がる頃には、あたしはもう人間の姿に戻っていた。やはりネズミの死肉を一匹分食べた程度では、“食屍鬼”に戻れるのは数秒が限界か。
「Mさん……」
「もう大丈夫だS君。とりあえず、当面の追跡者はいない――」
 その時、あたしは気付いた。
 S君は、あたしじゃなくて、あたしの背後を見ている事に。
「え、Mさん???」
 素早く振り返ったあたしの目の前には、黒焦げになったドラム缶が――無かった。
「ようやく貴様に触れる事ができた……まったく、影踏みの未来予測能力は厄介だな。ここまで手をかけて、やっと隙を作る事ができる」
 そこにいたのは、手に錫杖を持ち、黒袈裟に身を包んだ、長いブロンドヘアのやたら胸のでかい……あたし!?
「てめぇは……シスター・ゲルダか!!」
 愕然とするあたしに、あたしの姿で、あたしの顔で、あたしの声で、シスター・ゲルダは口元を歪ませて見せた。
「さて、始めようか」

 続く


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