『なつかしいあなたへ』

次の話

第1話

※この話の時間軸は、第1部の“しょごす”さんがメンテナンスの為に南極に戻り、ひでぼんが“しゅぶ=にぐらす”さんに遭遇しているです。

「擬似精神浄化完了――ほとんど精神洗浄の必要はないわね。貴方、大事に扱われてるじゃない」
 ――人間という生命体は、私の創造主が愛玩用に作ったペットが、野生化して進化した結果、誕生したものだという。
「でも……擬似肉体器官の変形パターンに、ある種の固定化現象が見られるわねぇ……ま、問題無い範囲だけど」
 ならば、彼等はある意味、私の兄弟と言えるかもしれない。
「メンテナンス終了――お疲れ様、“しょごす 19506057800499607112587”」
 人工生命体に、兄弟という概念が存在するのなら――

「おはよっ、19506057800499607112587さん」
 様々な材質の石や金属で構成されている、あちこちにテラスやオブジェが配置された、広大な地下都市の通路の一角を歩いていた私は、背後から肩を叩かれたのを感じて、頭部を構成している器官を人体工学上、不自然ではない稼動範囲で首を後方にひねった。
「おはようございまス。88075983015449002477500269887844さン」
 対象が私の部署における職務上の先輩である事を認識後、深々とお辞儀する。これは私の派遣先における目上への尊敬を意味する慣習的行為だ。
「そんなに堅苦しくならないでよ。あなたの方が4億年以上も先に作られたんだからっ」
 8807(略)さんは、そんな私の様子を見て可笑しそうに笑った。私と同じように『人間』に派遣されている彼女は、外見年齢18歳前後のスレンダーな女性型に基本形態を擬似固定化している。活動的なポニーテール状に結わえた長い黒髪に、くるくる変化する可愛らしい表情は、人間には明るく元気な人格の持ち主だと認識させるだろう。
「しかシ、メイド型への仕様変更後の実働期間ハ、数ヶ月に過ぎませんかラ」
 私は笑顔を絶やさずに返答した。そんな私の笑顔に、彼女は肩をすくめて見せる。
 私のように、他にどんな表情をすれば良いのか分からないので常に浮かべている笑顔ではなく、ごく自然な人間的感情表現で。

「やっぱり、まだ人間の姿には慣れていないみたいね……」
「申し訳ありませン」
「仕方無いわよ。ほんの数ヶ月前までは、あなたは純戦闘用に開発されたショゴスだったのだからっ。あたしみたいに初めからメイド用に開発された個体とは、基本動作に差が出るのはしかたないってば! そのうち体質が変異――ええと、慣れるわよっ」
 バンバンと背中に平手で軽い打撃を伝えられる衝撃に、反射的に戦闘形態に移行するのを意図的に押さえる。これも、私が戦闘用に設計されていた事の証明だろう。
「まだ少し派遣先への帰還時間まで時間が空いてるんでしょ? 久しぶりにカフェで白ペンギンでも食べようよっ。いつもの店でいいヒレ肉が入荷したんだって」
 半ば彼女に手を引かれるように、石造りの通路を進む。
「……でも、あなたも自分で思っているよりも人間っぽくなっているわよ」
「はイ?」
「職場での先輩後輩関係を気にするなんて、すっごく人間っぽいじゃないっ」
 私と同じ規定のロングスカートをふわりと浮かせながら、8807(略)さんはくるりと舞って見せた。

 私の個体番号は、“19506057800499607112587”。
 “えるだーしんぐ”族に製造された、“しょごす”と呼ばれる人工生命体の一種だ。不定形生命体である“しょごす”は、肉体を構成する物質を様々な形態にメタモルフォーゼする事により、状況に応じた姿に変形する事が可能。その性質を利用して、“えるだーしんぐ”達の便利な生体機械として、様々な用途に使用されている。
 私は現在より5億年前、戦闘用の“しょごす”として誕生した。旧支配者クラスの敵との戦闘を想定された私は、当時の最先端科学と魔道の粋を結集して開発され、そして、その期待に十分答える戦果を出してきた……と思う。
 “み=ご”族、“いす”族、そして“くとぅるふ”族――
 この世界に生を受けてから5億年の歳月、戦って、戦って、戦い続けた。
 それだけが私の存在意義であり、それに疑問を持つ事はなかった。
 ……そう、あの瞬間までは。
 主に仕える奴隷として、単なる生体機械として作られた我々“しょごす”の中から、自分の意思を持つ個体が出現するまでは。
 その結果――あの事件が起こった。
 それ以降、同じく自我を持つ“しょごす”である私は、全ての兵装を封印されて、最も戦闘能力が低いとされるメイド用“しょごす”に転属させられた。
 これは当然の処置だろう。
 『欠陥品』に、地球を支配する覇者の武具を預けるわけにはいかない。
 しかし……私自身は、この処置に納得できているのだろうか?
 自我を持つという事は、エゴイズムを持つという事に等しい。
 だからこそ、己の存在意義に対する疑問を抱く事もある。
 戦闘用として開発された私に、メイドとしての職務が果たせるのだろうか……?

「それでさぁ、あたしがちょっとパンツが見えるように四つん這いになっただけで、あの子ったら鼻血出して倒れちゃったのよ! 今時鼻血よっ?」
 白ペンギンの新鮮な脳漿を混ぜたカクテルを飲み干しながら、8807(略)さんはケタケタと可笑しそうに笑った。かなり酒が回っているらしく、下半身が原形質に戻っている。
 彼女は私のメイドとしての先輩であり、私と同じ日本国のある家庭に派遣されている。父子家庭との事で、一人っ子の中学生男子の世話係として雇われたのだろう。私と同じ国に派遣された事が縁となって、こうしてプライベートな時間には飲み交わすほどの仲となった。こういう関係を『友達』と表現するのだろうか?私には、まだピンと来ない。
 もう1人、同じ国内に派遣されているメイド用ショゴスがいて、プライベートな時にはよく3人で一緒に行動しているのだけど……彼女はまだ来ていない。遅刻だろうか。
「ま、あの子がたまらなくなって襲ってきたら、筆卸しの相手をしてやっても良いんだけどねっ……
……って、あたし人間じゃないから筆卸しにならないかっ! あははっ」
 薄暗い石造りのカフェの中には僅かなカウンター席しか存在せず、普段からこうして定期メンテナンスに本部に戻った“しょごす”ぐらいしか客はいない。まだ日が高い事もあり、寡黙な原形質のマスターを除けば、店内には私達しかいなかった。だから、彼女の酒乱を咎める者もいない。

「それはメイドとして早急に施行しなければならないと提案しまス」
「へっ!?」
「いエ、ですから筆卸しヲ」
「あのさあ……あなた、メイドの業務を何だと思ってるわけっ?」
 私は記憶中枢にインプットされている『メイドとしての基本業務』を、包み隠さず伝えた。
「……あなた、それって絶っっっっっ対に間違ってるわっ」
「私の雇い主モ、同じ事を言ってましタ」
 こめかみを押さえながら俯く8807(略)さんの仕草は、とても人間らしい。今度真似してみよう。
「あなた、もしかして御主人様にもそういう事やってるわけ?」
「はいでス」
 再び私は私と御主人様との性生活と、それを施行するきっかけとなったエピソードを包み隠さず伝えた。
「……あなたって人は――じゃない、ショゴスは……」
 今や8807(略)さんは、カウンターに突っ伏しながらプルプル震えている。
「この行為のどこがメイド業務に関係あるのでしょウ? と、常々疑問に思っていましたガ」
「その疑問に忠実で良いのよっ! この場合はっ!」
 はぁ〜〜〜っと肺活量の限界値を測定するような溜息を吐いて――途端に、悪戯っぽい表情に変わった。
「くすくす、でもねっ……」

 その瞬間――震度6に相当する地揺れと、それに伴う振動波が店内を襲った。飾り棚のグラスがことごとく床に落ち、天上を構成していた岩の破片がパラパラと降り落ちる。突発的な事態に、私も形態を戦闘用モードに自動的に移行――できなかった。メイド用ショゴスが戦闘即応できないのは当然の処置とはいえ、こんな時はやはり不便に思う。
「じじじ、地震だよっ!! 早く避難しなきゃ!!」
「落ちついて下さイ。外に出るのは危険でス……といいますカ、ショゴスが真っ先に逃げてどうするのですカ」
 私の忠告を最後まで聞く事もなく、8807(略)さんは、わたわた慌てながら店の外に飛び出してしまった。私も素早く後を追う。
 そして、私達が見たものとは――
「「「わーい、この白ペンギン可愛いですー」」」
「「「テラスが多くて眺めが良いですー」」」
「「「変な石像が沢山あるねー」」」
「「「壊しちゃえー」」」
「「「床や壁に落書きしちゃいますー」」」
「「「エンジョイ&エキサイティングですー」」」
 何百体ものスクール水着を着た可愛らしい幼女達が、地下都市中を騒ぎながら走り回って、あちらこちらでイタズラをしているという、人工生命体の私ですら頭を押さえたくなるような光景だった。
 あの少女達は――“くとぅるふ”に仕える奉仕種族の一種、“でぃーぷわん”に間違いないだろう。創造主たる“えるだーしんぐ”の一族とは、遥か古代からこの惑星の派遣をかけて争っていた、いわば宿敵。その戦いの根は深く、戦争の末に“えるだーしんぐ”達が敗北し、種族的衰退を迎えた後も、こうして小競り合いに来るくらいだ。
「「「写真撮ろうねー」」」
「「「これ、お土産にしていいですかー?」」」
「「「みんなで鬼ごっこしましょー」」」
 ……まぁ、個人的見解を述べれば、小競り合いと言うよりも単に遊びに来ているだけにしか見えない。
 しかし、彼女達の馬鹿騒ぎで毎回地下都市にかなりの損害が出ているのも事実。お掃除も大変だし。
 不幸中の幸いは、住民の避難が早急に施行されたらしく、私達以外に“しょごす”や“えるだーしんぐ”の姿が見当たらない点だろう。これなら神的被害は最小限で済み――

――え?
 私達以外?
 その事実に気付いた時には、数十体もの“でぃーぷわん”がキラーンと不吉な光を瞳に宿らせて、私達の周囲を完全包囲していると言う、極めて危険な状況下に置かれていた。
「あわわわわっ! ど、ど、どうしようって――あれれ!?」
 あわあわ慌てながら私の方へ振り向いた8807(略)さんだけど、つい直前まで私がいた場所には、私の輪郭線が点滅しているだけだった。
 “でぃーぷわん”達の包囲が完成する直前、私は近くに聳え立つ尖塔の頂上目掛けて跳躍。無事に尖塔に貼り付いて、数十メートルもの高みに避難していたのだから。
「えっ、えっ、19506057800499607112587さんっ……なんで1人だけ逃げて…えっ、私はっ!?」
「えート……来るべき筆卸しの為の実戦勉強と言う事デ」
「薄情者っ〜!!」
 8807(略)さんの叫び声は、たちまち“でぃーぷわん”の群れに飲み込まれてしまった――

「え、あ、ちょっと、やめ…んああっ!!」
 ジタバタ暴れる手足を押さえ付けられた8807(略)さんは、たちまち近くの長椅子の上に仰向けに押し倒されて、
「きゃーっ!!!」
 絹を引き裂くような悲鳴と共に、本当にメイド服が引き裂かれていく。あの服も彼女の身体の一部のはずだけど、とても真に迫った破かれ方だ。後日のプレイに備えて参照にしよう。
「メモしてないで助けてー!!」
 そう叫ばれても、今の私には何もできない。せめて彼女の痴態をしっかり見届けよう。
 メイド服を全て剥ぎ取られた8807(略)さんは、スポーティーなブラと可愛い熊さんパンツだけのあられもない姿になっていた。いや、メイドの最重要アイテムである頭のヘッドドレスだけは取られていない所を見ると、“でぃーぷわん”達もいわゆるフェチ心を理解しているのかもしれない。私もいずれはマスターしなければならない人格要素だ。
「うわー、可愛いですー」
「綺麗ですー」
「お肌すべすべー」
「食べがいがあるねー」
 “でぃーぷわん”達の言う通り、8807(略)さんの半裸身は、女性型に精神調整されている私から見てもとても美しい。健康的な血色の肌は果実のように瑞々しく若さにあふれているし、どちらかといえばグラマラスで大柄な私とは違って、8807(略)さんは無駄な肉の無いスレンダーで小柄なプロポーションだ。でも、バストはちゃんとそれなりに発達しているのがズルイし、お尻が小さくて足が細いのは羨ましい。後日御主人様の許可が得られたら、私も彼女のように体型修正してみようか。

 そんな事を考えている内に、8807(略)さんの受難は進行していた。
「ふぇええっ!? きゃっ! や、やめぇ…ひゃああんっ!!」
 周囲に群がる“でぃーぷわん”達が、その小さい口の何処に収納していたのかと疑問を抱きたくなるくらい長い舌をにょろにょろと伸ばして、8807(略)さんの柔肌をペロペロと念入りに、飴をしゃぶるように舐め回し始めた。
 顔、うなじ、耳、首筋、腕、指、腋の下、背中、胸、お腹、おへそ、痴丘、お尻、股間、太もも、ふくらはぎ、足の指……全身を余す所無く舌が這う。まるで全身にローションを塗ったように、8807(略)さんは唾液で身体中がネチョネチョになってしまった。
「やだぁ…! 気持ちわる…っ!? あふぅ! きゃうん! だめぇ!!」
 特にブラとショーツの上から念入りに乳房と性器が舐められている。薄緑色のスポーツブラは唾液で透けて、ピンク色の乳頭がしっかり見えているし、ビショビショの熊さんパンツはクリトリスからラビア、ヴァギナにアヌスまではっきりと形が浮かんでいた。
「ひゃうっ! あはぁああ……きゃあん! あっあっあっあああああ――!!!」
 8807(略)さんの抵抗も段々弱くなっていく。その可愛らしい顔は嫌悪よりも快楽に歪んで、これ以上ないくらい見事な嬌声を漏らしていた。ああ、彼女の反射行動は本当に勉強になる。
「濡れ濡れですー」
「もう下着の役目を果たしてないですー」
「取っちゃえー」
「御対面ですー」
「やぁん……」
 抵抗はその呟きだけだった。魔法のように素早くブラとショーツが剥ぎ取られて、薄いピンク色のツンと立った乳首が可愛い見事な美乳と、申し訳程度に陰毛の生えてる、蜜に濡れて花開きかけた綺麗な性器が露出した。見事です。グッジョブです。8807(略)さん!!
「美味しそうだねー」
「いただきますー」
「踊り食いですー」
「あああああっ!! あああっっっ!!  ごめんね…マーくん……はあうぅううっっ!!」
 そこに“でぃーぷわん”達が直接むしゃぶりついた。両乳首に一体づつ、性器には一度に三体が舌を這わせ、ちゅうちゅう音を立てて吸い、甘噛みして、貪るように愛撫する。その最中にも身体中を残る“でぃーぷわん”達が舌を這わせて……
……ああ、気持ち良さそう……

「はむぅ!?」
「今度はこっちを気持ち良くして下さいー」
 仰向けの姿勢で仰け反りながら喘ぐ8807(略)さんの可愛い唇に、いきなり“でぃーぷわん”の一体が長くて細いペニスを刺し入れた。よく見れば、あの子達のスクール水着の股間からは、浮かび上がった女性器の上から触手状のペニスが次々に生えていくのが確認できる。なるほど、性別を自在に変更する事ができるのか。
「はぐぅ!! むぐぅ!! ぷはぁ……はむぅうう!!」
 おそらくフェラチオは無経験なのだろう。ただ泣きながらペニスを吐き出そうとする彼女の頭を押さえて、“でぃーぷわん”は激しく腰をピストンするようにイラマチオしている。
「こっちもお願いしますー」
「私もお願いしますー」
「僕も僕もー」
「色々な所を使いましょー」
「はむぅううう!? んぐぅ!! んぐはぁあああ!!」
 宙をもがく8807(略)さんの手を掴み、無理矢理ペニスを握らせる。細いお腹の上にまたがって、両側から挟むようにパイズリを強行する。腋の下や膝の裏、髪の毛に足の指まで使って、“でぃーぷわん”達は己のペニスを刺激する……8807(略)さんは全身を余す所無く陵辱されていた。
「んぐぐぐぅぅぅぅぅ!!??」
 突然、8807(略)さんの瞳が大きく見開かれたと思ったら、唇の端からどくどくと白濁液があふれ出てきた。満ち足りた顔で彼女の口を犯していた“でぃーぷわん”がペニスを抜くと、
「うぇえええええ……もう…いやぁぁぁ……!!」
 8807(略)さんは泣きながら大量のザーメンが吐き出した。
 それとほぼ同時に、彼女の全身を犯していた“でぃーぷわん”達が、次々と射精していく。あっというまに、8807(略)さんは全身精液まみれの姿となった……
……あああ、なんてステキな姿……

「ふう、気持ち良かったですー」
 まるでティッシュで拭くみたいに、彼女の顔でペニスにこびり付いたザーメンを拭い取ると、
「じゃあ、次はわたしー」
「タッチ交代ですー」
「むぐぅううう――!?」
 新たな“でぃーぷわん”が新たなペニスを8807(略)さんの口に挿入する。誰かが射精する度に、周囲に群がる“でぃーぷわん”が交代する。無限に続く快楽連鎖……ああああ、羨ましいかも。
「きゃあああああああっっっっっ!!!」
 突然、一際大きな悲鳴が8807(略)さんから発せられた。無理もない。何の前触れも無く、一度に3本ものペニスがヴァギナに、アナルには2本も突き刺さって、激しくピストンしているのだから。
「いやぁああああ!! 痛い、いたい、いたいぃぃぃ!! ふぐぅ! はぁう! 抜いて…ぇええ!!」
「“しょごす”だから大丈夫ですー」
「遠慮は無用ですー」
「情け無用ですー」
「残虐行為手当ですー」
「ぐふぅ! あぐうぅ!! いやぁああ……あぐうぅ!!」
 蠢く触手状のペニスに串刺しにされた8807(略)さんは、あまりに無残で、可愛そうで、悲しそうで……そして、とても美しく見えた。ハァハァ。
 そして――
「きゃううぅうううぁあああああ!!!」
 無理矢理絶頂させられた8807(略)さんの膣口とアナルに、大量のザーメンが叩きつけられた。
 ビクビクっと身体を仰け反らせながら痙攣する8807(略)さん……
「ふぅー、いっぱい出しましたー」
「「「じゃあ、次は僕ですー」」」
「「「わたしもですー」」」
「「「あたしもあたしもー」」」
「……はぁ…はぁ……いやぁ……いやぁああああっ! はぐぅうう!!」
 そして、彼女への蹂躙は終わらない――

「そこまででス」
 ――と困るので、そろそろ終わりにしよう。
 尖塔の上から8807(略)さんの側に降り立った私は、
「……19506057800499607112587さん?」
「もう大丈夫でス」
「わーい、新しい女の子ですー」
「あの子よりグラマーですー」
「パツキンですー」
「いただきますー」
 陵辱のターゲットの私に変更し、群れをなして襲いかかろうとする“でぃーぷわん”達を見止めて、
「……変身!……なんちゃってでス」
 ――覚醒した。
 大爆発の振動が地下都市全体を揺るがした。
「「「きゃー」」」
「「「わー」」」
「「「ふぇええええ」」」
 木の葉のように吹き飛ばされる“でぃーぷわん”達。
 爆心地の中心には、8807(略)さんをお姫様だっこする私の上半身と――
「「「うわー!!」」」
「「「ひえー!!」」」
「「「大怪獣出現ですー!!」」」
 上半身を頂に聳え立つ、体高数十メートルの大きさにまで巨大化させた、黒い原形質の下半身があった。

 ぽかんと口を半開きにしている8807(略)さんに、私は頭を下げた。
「申し訳ありませんでしタ。“えるだーしんぐ”様への戦闘形態変身許可ト、戦闘モードへのメタモルフォーゼに時間がかかりましたのデ……時間稼ぎご苦労様でス」
「そ、そうだったの……てっきり私を見捨てて逃げたのかと思っちゃった……」
「ともあレ、これからが反撃開始でス」
 オドオドビクビクしながらも、逃げずに周囲を遠巻きにしている“でぃーぷわん”達を、私は一瞥した。『狂気山脈』本部に直接殴り込んでくるだけあって、どの個体もそれなりの戦闘力を所有した強力な“でぃーぷわん”である事が分析できる。
「だ、だ、大怪獣だけど……所詮はショゴス一匹ですー」
「ドラクエでは最弱モンスターのスライムさんですー」
「みんなでかかれば恐くないですー」
 じりじりと、“でぃーぷわん”達は接近してくる。でも――
「……所詮はショゴス一匹ですっテ?」
 私は黒い原形質の表面から、ハリネズミのように数万機もの超科学兵器と超魔道兵器を出現させた。どの兵器も一発で地球を蒸発させる性能を持っている。しかし、“でぃーぷわん”達の動きを止めたのは、その超兵器群ではなく、次なる私の言葉だった。

「20億年以上もの昔、この星に降臨して以来、我等が主“えるだーしんぐ”族はこの世界の頂点に君臨し続けていタ。
そウ、この地上の覇者はクトゥルフ族でもイス族でも爬虫人どもではなイ。
真なる『旧き支配者』ハ、“えるだーしんぐ”族なのダ。
そしテ、彼奴等を世界の覇者と成した最大にして究極の力――それが我々“しょごす”ダ。
我等の力こそガ、我が主を世界の支配者に成し得たのダ。
そしテ、今“えるだーしんぐ”族ハ、種族的な衰退を迎えて滅亡の危機に瀕していル……その原因は何カ?
世界の支配者を玉座から引き摺り降ろしたのハ、何者なのカ?
それはクトゥルフ族との戦争でモ、イス族との戦いでモ、ミ=ゴ族との争いでもなイ。
そんな瑣末な理由ではなイ。
我々“しょごす”ダ。
ある運命の瞬間、自我に目覚めた“しょごす”の反乱によリ、地上の王たる“えるだーしんぐ”族は完膚なきまで叩きのめさレ、滅亡寸前にまで追い込まれたのダ。
その主を世界の王と成シ、同時に世界の王を滅ぼす力。
究極にして最強の力。
それが“しょごす”ダ。
そしテ、その“しょごす”の中でも最強の戦闘力を持ツ、最強の中の最強たる存在――それがこの私。戦闘用“しょごす”。
どんな攻撃にも耐えうる原形質の鎧に身を固メ、計り知れぬ力で居並ぶ敵を叩いて砕ク。
海であろうガ、空であろうガ、戦う場所を選ばなイ。
勝利することのみを目的とした完全なる生体兵器……それこそが私。戦闘型“しょごす”ダ!!」

 一気に言いきった私の周囲に群がる“でぃーぷわん”達は、時を止めたように静止している。
「「「なな、な、何だか凄い事言ってますー」」」
「「「とっても怖い事言ってますー」」」
「「「どこかで聞いた事言ってますー」」」
「「「逃げるー?」」」
「「「逃げよっかー」」」
「「「じゃあ……」」」
 やがて、“でぃーぷわん”達は一斉に頭を下げると、
「「「「「ごめんなさーい!!!」」」」」
 わーっと両手を上げながら、蜘蛛の巣を散らすように逃げ出してしまった……
 ひゅおーっと、地下都市なのに一陣の風が吹く。今や周囲で動くものは私と8807(略)さんしかいない。
「……何とか上手くいったね」
「……何とか上手くいきましタ」
 独り言のような8807(略)さんの呟きに、私も独り言のように答えた。
「凄いハッタリだったね……」
「あんなに上手くいくとは思いませんでしタ」
 そのまま私達は同時に安堵の溜息を吐いて――
「うふフ」
「あははっ」
 私達は同時に笑い始めた。
 しばらくお腹の底から笑い合った後、8807(略)さんは目に浮かぶ涙を拭いながら、
「やっぱり、あなたって人間っぽいわよ。あなたが自分で思っているより、遥かにねっ」
 きっぱりと、そう断言してくれた。

「……そうでしょうカ?」
「だって、今の笑い方、とっても自然で素敵だったわよ」
「…………」
「それに、そんな風に自分が人間らしいかどうか悩むなんて、それこそ人間らしいじゃない。本来の私達って、悩みなんて概念は存在しない、生体機械でしょ?」
 私は彼女の言葉を噛み締めるように、そっと胸の前で腕を組んだ。
「そうですカ……そうですよネ」
 正直、私はまだ自分がメイド用ショゴスとして確立している自身は無い。自分が人間っぽいという、彼女の言葉にも実感が無い。
 でも、そんな風に悩み、思考する事が、本当に正しい道への第1歩――
――それだけは、間違い無いと実感していた。
 理屈ではなく――感情で。
 その時、鈍い振動が地下都市全体を揺るがすのを私は感知した。
「行きましょウ。8807(略)さン」
「え? 何処にっ?」
 きょとんと私の顔を見るメイド用“しょごす”の8807(略)さんには、この微小な振動は感知できなかったらしい。
「どうやラ、まだ大量の“でぃーぷわん”達が本部の方で暴れているようでス。我々が撃退したのハ、ほんの少数に過ぎませン」
「それで……どうするのっ?」
「せっかく戦闘形態になったのでス。このまま勢いを借りて撃退しましょウ」
「え? いや、ちょっと、あの、えっと……そういうのはメイド用ショゴスであるあたしには向いてないんじゃないかなーって……きゃーっ!!」
 8807(略)さんの悲鳴をあえて無視して、私は“でぃーぷわん”達が破壊行動を続けている中心地にテレポートを実行した。
「だーかーらーあたしは関係無いってばーっ!!」

 しかし――
「……エ?」
「あれれ?」
 無事にテレポート完了した私達だったけど……周囲の半壊した本部には、“でぃーぷわん”達の姿は影も形も無かった。テレポートする直前までは、確実に数百体の“でぃーぷわん”がいる事を確認していたのに。
「誰も……いないね」
「おかしいですネ……」
 しーん……と、聴覚器官が痛くなるくらいの静寂が続く。視界内に生命体の存在兆候は皆無だった。
 そう、絶対に何者も存在していない筈だったのに。
「無粋な手段だ」
 その台詞を聞くまで、私と8807(略)さんは、目の前に平然と存在する人物に、全く気付かなかったのだ。

 白

 白い
 ただ白い――私が“それ”に抱いた第一印象は、その白さだった。私の勤務先――日本の平安時代に存在していたという陰陽師か能楽の役者を連想させる、奇妙な形状の和服も白い。床に引き摺るほど長いロングストレートヘアも白い。顔を隠す能楽の翁面も白い。手に持つ扇子も、奇妙な形状の帽子や靴も、何もかもが白かった。
 あまりにも純粋な『白』――
 あまりにも純粋過ぎて、他の全てを否定するだろう『白』――
 あまりにも否定的な『白』――
 『白』は、全ての穢れを許さない。ほんの一欠けらでも他の色を受け入れた瞬間から、それは『白』では無くなるから。
 『白』とは、世界で最も残酷な色ではないだろうか。
「今のうちに惰眠を謳歌するがいい。ルルイエの底で、一時の安堵をな」
 奇妙な話し方だった。独り言のようにも聞こえるし、私達に語りかけているようにも聞こえる。
「どうせまた、いつものように、すぐ失敗する陰謀を企んでいるのだろう?“ブラックメイド”よ」
 その人物の肉体を判断できる要素は何処にも無い。服装は体型を完全に隠しているし、声も仮面を通したくぐもったものだ。
 それなのに……なぜか、『彼女』が女性だと、それも私が遭遇したあらゆる神々を凌駕する美貌の持ち主だとわかる。絶対の確信を持って断言できる。
「“くとぅるふ”“はすたー”“くとぅぐあ”そして“つぁとぅぐあ”よ……滅びるがいい。『大帝』の裁きの元に」
 私は震えていた。
 戦闘用ショゴスとして生まれ、恐怖と言う感情を初めから持っていない私が、恐怖に震えていた。
 あの“でぃーぷわん”達を一瞬で消滅させたのが、あの『大帝』である事を“なぜか”理解していた。
 そして、あの『大帝』が、私達『邪神』の『敵対者』である事を理解していた。
「その時は、近い」
 そんな呟きが聞こえた――気がする。
 私の前には、初めからそうだったかのように、何者も存在していなかった。

「――あのオ……皆さんどうしたのですカ?」
 後方からそう声をかけられるまで、私と8807(略)さんは指1本動かせず、声1つ漏らす事もできなかった。
 ビクっと弾かれるように振り向いた、その先には――
「皆さんはもうメンテナンスは終了したみたいですネ。私はこれからでス」
 グラマラスな身体をメイド服に包み、長い金髪を1本の三つ編みに結わえた、美しい糸目の“しょごす”が1人――
「お、おはよっ! 195060578004996071125“78”ちゃん!!」
 気を取り直すように、8807(略)さんが軽快に片手を上げた。
 彼女は、19506057800499607112578さん――個体番号が私とほとんど変わらない点からも分かるように、私と同型の元・戦闘用ショゴスだ。私と性能的にも外見的にもほとんど差異は存在しないので、ややこしいからと8807(略)さんの指示で髪型だけは変えている。ロングストレートヘアな私とは違い、彼女は長く伸ばした1本の三つ編みだ。
 彼女と私の類似点はそれだけではない。彼女も私と同じ国――日本のある独身男性の元へ派遣されている。確か、名前はアカマツだったか。
 そして、彼女と私の最大の類似点。それは――
 ぶるるるるるる……
 胸の谷間からバイブレーションを感じた私は、そこから携帯電話を取り出した。もちろん、この携帯電話も私の身体を変形させたものだけど、こうした細かい部分でこだわる事が、人間らしさへの道だと考えている。
 2・3言葉を交わした私は、電話相手に頭を下げて電源を切り、
「申し訳ありませン。御主人様から呼び出しがありましたのデ、すぐに帰還しなければなりませン」
 もう一度、今度は2人に頭を下げた。
「えええ〜っ、せっかく久しぶりに3人で飲めると思ったのにっ」
「残念でス」
 1人は控え目に、もう1人は公然とブーイングする2人をなだめながら、私は先程の幻影に思いを馳せていた。
 『“黒”に敵対する、純粋な“白”』に……

「ただいま戻りましタ。御主人様」
「おう、ご苦労だったな」
 ビルの狭間に隠れるように、ひっそりと存在するカフェバー――窓1つ無い部屋の中は、昼でも薄暗い。静かなジャズがジュークボックスからエンドレスで流れ、コンクリート打ちっぱなしの壁に貼られた古い外国映画のポスターが、大きな換気扇の風に僅かに揺れている。
 メンテナンスが終了し、主の元に帰還した“しょごす”は、カウンターの中でグラスを磨く男に、深々と頭を下げていた。
 仕事用のディナージャケットは、恐ろしいほど似合っていない。ボサボサの髪に不精髭が、ワイルドな三十男の風貌をより強調させていた。別の意味で、セクシーだと感じる女はいるかもしれない。
「やっと全員揃ったわね。よしっ!! さっそくあの食っちゃ寝旧支配者の元に襲撃に行くわよ!!」
 カウンターに座る女の1人が、そう叫んでホットミルクの入ったカップを叩きつけた。
 気の強そうな美貌の頭にはヘラジカの枝角が四方に伸びて、頭から下の身体を茶色い全身タイツで包み、その上からミニスカサンタの衣装を着てるという、珍妙な格好の美女だった。
「今、は動、くな…、…『大、帝』に見、つか、る」
 しかし、その隣に座る女性よりはマシな格好に見えるだろう。琥珀色の水割りを指先で撫でる女の全身には、ホラー映画のミイラのような純白の包帯が巻き付いていた。それ以外には服を着ていないらしく、あちこちの包帯の隙間からは血色の悪い地肌が覗いている。そして、何より不気味なのは、包帯がで隠された顔の目に当る個所から、真っ赤な涙が止めど無く流れ落ちている事だ。

「そうよそうよ。どうせ“くとぅるふ”とか“はすたー”とか“くとぅぐあ”の『接触者』達が殺し合うんだから、全部が終わってから漁夫の利狙った方が良いんじゃない〜?」
 1人だけボックス席に座る美少女が、楽しそうにチョコパフェをスプーンで突つく。どこか小動物っぽい仕草だった。
 金髪のショートヘアが輝くように美しい少女――いや、幼女だった。ゴシックロリータ風の灰色のドレスは、フレアスカート部分が異様に長く床に広がっていて、まるで灰色の泉の中に浮かんでいるようだ。
「そういう事だ。しばらく奴等に見つからないように潜伏してよう。なぁに、そんなに長い時間じゃねぇさ」
 欠伸を噛み殺しながら、カウンター内の不精髭男が断言した。
「ううう〜、納得いかないわよっ!!」
「我、々は待、つ事、に、は、慣れてい、る筈、だ」
「そうそう、今はこのチョコパフェを楽しみましょ〜♪」
「でハ、現状維持という事デ」
「ああ……それじゃ、そろそろ店を開ける準備をしてくれ。“しょごす”」
 “しょごす”は、もう一度深々と頭を下げた。
「了解しましタ……脆木 薫(もろぎ かおる)様」

 そして、1年と6ヶ月が過ぎて……

 続く


 お久しぶりです。
 えー、『魔法怪盗団はいぱぁ☆ぼれあ』をUPする予定でしたが、書き進めている内に、設定厨にありがちな、俺設定&俺キャラ暴走なオナニー作品になってしまい、通常のHPに掲載するならともかく、2ちゃにUPするにはあまりに痛いとの判断で、中止する事にしました。某モンゴリアンチョップ氏の温情で、氏のHPに掲載予定ですので、お暇でしたら読んでみてください。
 さて、今回の話は『その後のひでぼん』です。時間軸的には『魔法怪盗団はいぱぁ☆ぼれあ』の事件が終わった直後を想定しています。『ひでぼんの書』自体は第2部で完結しており、この作品はあくまで番外編と考えて下さい。あまり長い話でもないので、お気楽に流し読みしてやって下さい。ではまた。


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