『ひでぼんの書』

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第2部第4話

「――とりあえず、お茶をどうぞ」
「あ、あ、ありがとうございますです〜」
 湯気の立つ熱い梅昆布茶を、瓶底眼鏡なピンクパジャマの女性――日野 エツ子さんは、なぜか慌てて一気に傾けてしまった。
「んぶぅぅぅ!! あ、あ、あ、熱いです〜!!」
「大丈夫ですカ?」
 当然の結果として、ほとんど吹き出すようにむせ返った彼女の背中を、心配そうに“しょごす”さんが撫でる。
「わぅん」
 “てぃんだろす”が、心配しているのか呆れているのか微妙な鳴き声を漏らした。
「……ふっ……」
 相変わらず無感情にお茶を啜る“いたくぁ”さんは、なぜか勝ち誇っているように見える。
 僕はそんな彼女達を横目で見ながら、テーブルの向かい席でむせ返っている日野さんの事をあれこれ考えていた。
 庭先で失神しかけていた日野さんを発見した僕達は、とりあえず彼女を保護する事にした。“しょごす”さんの見立てでは、単に疲労困憊しているだけとの事で、事実、数分後には彼女は安静を取り戻し、こうして僕達とお茶を飲める状態まで回復したのだけど……
“日野 エツ子”
 あの男――雲井氏の話が真実なら、そして彼女が同姓同名の別人でないのなら、この女性も僕と同じ『接触者』――『邪神』と交流している人間という事になる。
 つまり、日野さんも僕と戦うべき存在になるのだろうか。

「と、と、とにかく、庭先で力尽きて倒れるなんて迷惑な真似をしてしまって、ホントに申し訳ありませんでした〜!!」
 でも、こうして謝られる僕の方が恐縮してしまうくらい、ペコペコと頭を下げる彼女を見ると、とてもそんな関係になるとは思えない。
「よよ、よ、よろしければ……お名前を聞かせてもらえませんか〜?」
 邪気など一欠片も無い調子で、日野さんは僕に尋ねた。
 “しょごす”さんが無言で僕に目配せする。“てぃんだろす”も僕の背中に軽く手を当てた。“いたくぁ”さんは……相変わらずだ。
 彼女達の言いたい事はわかる。僕が今まで日野さんに名前を言わなかったのも、もし彼女が『接触者』なら、僕の存在を知らしめる事が危険かもしれなかったからだ。
 でも、日野さんの瓶底眼鏡と、どこか頼りない仕草を見ていると、とても雲井氏や龍田川さんの同類には思えない。もしかして、彼女も僕と同じように、何だかよくわからないうちに、成り行きで『接触者』になってしまった人なんじゃないか……と。
「僕の名前は赤松 英。知人からはひでぼんと呼ばれているよ」
 だから、僕はほとんど反射的に名乗ってしまった。まぁ、考え無しで行動するのはいつもの事だ。
「あ、あ、あああ、赤松 英さん……まさかっ〜!?」
 案の定、日野さんの反応は劇的だった。
「つつつ、“つぁとぅぐあ”神って『旧支配者』さんとの『接触者』という、私と同じ……あの赤松さんですか〜!!」
 心の底から驚愕している日野さんは……どうやら、正真正銘あの『接触者』日野 エツ子さんらしい。

「そういうわけです……でも、なぜその事を知っているのですか?」
「あの、あの、あのあの、雲井 明っていう、いかにも『悪役』って感じの人が教えてくれたんです〜」
「……なるほど」
「あ、あ、あの雲井って人、俺の仲間になれって私を誘ってくれたんですけど、私、何の事なのかさっぱりわからなくて、オロオロしていたら、あの人急に『何も知らないうちに殺しておくか』って襲いかかってきたんです〜!! ホントに恐かったですよ〜!!」
「すごくよくわかります。それ」
 心の底から傾く僕に、しかし彼女は急に怯えた視線を向けた。
「あ、あ、あの、あの、あの……赤松さんも『接触者』さんなんですよね? それじゃあ……やっぱり私を襲っちゃうのですかぁ〜!?」
 とほほ、逆に僕の方が警戒されちゃったよ。
「えーと、とりあえず僕の話を聞いて下さい。そんな部屋の隅で頭を抱えて震えてないで――」
 その後、僕は自分が今まで体験してきた事を事細かに説明した。いや、流石にエロエロな体験は伏せたけど。日野さんは唖然呆然といった感じで僕の話を聞いていたけど、やがて僕自身は彼女と敵対する気はないと、何とか納得してくれたようだ。
「そ、そ、それじゃあ……あまり『邪神』の皆さんを恐がる必要はないんですね〜」
「まぁ、それは僕達『接触者』だけなんだろうけど」
 ゲルダさんや“あとらっく=なちゃ”さん達の話では、通常人間が『邪神』の類と遭遇するのは、ほとんどの場合死や破滅とイコールで結ばれるらしい。あの“ブラックメイド”が細工をしなければ、僕みたいな『接触者』の資格を持つ者でも危険なんだろう。僕達が『邪神』と接触しても平気なのは、単にその『邪神』が僕達を個人的に気に入って保護してくれているだけに過ぎない。

「わ、わた、私の場合は大丈夫なんでしょうか……飛んで逃げちゃったんですけど〜!!」
 だーっと眼鏡の下から滝のような涙を流す日野さんをあやしながら、僕は何とか彼女が『邪神』と遭遇した時の事を聞き出そうとした。
「え、えー、えーと、それはつい先月、お洋服を仕舞おうとタンスを開けた時でした……」
 タンスの中に洋服はなかった。まるで炎のようにゆらめく真紅のカーテンがタンスの奥にあったらしい。好奇心にかられた日野さんは、僕と同じようにカーテンの中を覗いて、僕と同じように『人外の世界』に引き摺り込まれてしまったんだ。
 ふと気がつくと、彼女は見た事もない世界に1人たたずんでいた。周囲は赤や青や緑の炎がプラズマ状に輝きながら荒れ狂うという、地獄のような環境だったらしい。彼女はまるで自分が炎の台風の中心に放り出されたのかと思ったそうだ。床に並んだタイルまで、真っ赤に焼けた金属片だ。
 ――にも関わらず、彼女は全く熱さを感じなかったらしい。
「まさか、このフォーマルハウトに地球人類が来るとはな」
 不思議な事に、そのハスキーな声を聞くまで、日野さんは目の前にいる女性の存在に全く気付かなかった。
 まるで古代中国の武将みたいな装飾が美しい真紅の鎧を着た、恐ろしいほど美しい大柄な大人の女性だった。戦闘的な服装に相応しく、ワイルドで中性的な美貌に不敵な笑みを浮かべながら、彼女はずんずんと日野さんの元に近付いてくる。
 日野さんは悲鳴を上げると、文字通り脱兎のごとく謎の炎熱空間から逃げ出したそうだ。幸いまだ存在していた真紅のカーテンを潜り抜け、やっとの思いで彼女は謎の女武将から逃れられたとか。
 でも、『人外との交流』はそれからが本番だった。
 数日後、彼女は今度はチャイナドレスを着た美少女軍団に懐かれたり、緑色の炎を全身にまとわせた妖艶な仙女と遭遇したり、例の雲井氏に襲われたり……とにかく散々な目に会ったらしい。ああ、なんだか他人事じゃないなぁ。

 そして昨夜、ついにあの真紅の中華な女武将がタンスの中から出現して、日野さんに迫ってきた。彼女は一晩中逃げまくり、ついに庭先で力尽きた所を、僕達に救出された……という事だ。
「……それは……きっと……たぶん……おそらく……“くとぅぐあ”……」
 “いたくぁ”さんが、独り言のように呟いた。
「そ、そ、その、その“くとぅぐあ”神って、やっぱり恐い神様なのでしょおか〜?」
「……“ブラックメイド”に……喧嘩を売る……ガッツのある……旧支配者……」
「あ、あ、あわわ〜〜!!」
 また部屋の隅で頭を抱えて震える日野さんの肩を、僕はそっと叩いた。溜息を噛み殺しながら。
「大丈夫ですよ。きっとその“くとぅぐあ”さんは、あなたに危害を加える気はないと思います」
「そうでス、危害を加える気なラ、一瞬で焼き尽くされて骨も残りませんかラ」
「ひ、ひ、ひええ〜〜!!」
「ちょ、ちょっと“しょごす”さんは黙っていて下さい……とにかく、こうして無事でいるのがその証拠ですよ。恐がらないでちゃんと話し合ってみてはどうですか?」
「そそそ、そ、そう……ですよね〜!!」
 日野さんは、人が変わったみたいに元気にガッツポーズで起き上がったけど、
「ででで、でも、やっぱり恐いですよ〜!!」
 また人が変わったみたいに、怖気づいて部屋の隅に引き篭もってしまった。ああ、世話が焼ける人だ。
「あ、あの、あのぉ……それでは、赤松さんも私と一緒に来てくれませんか!? 1人では不安なのですよぉ〜!!」
 ……はぁ?

「――というわけで、なし崩しに日野さんに付き合って行く事になってしまいました」
 額の汗を拭きつつ、僕はみんなにそう宣言した。それにしても、僕は本当に場の状況に流されやすいなぁ、とほほ……
「それは危険ですヨ、御主人様!」
「わん、わわん!!」
「……とっとと……行って来〜い……」
 でも、案の定(“いたくぁ”さん以外は)みんな反対してくれた。
 “くとぅぐあ”さんにとって、日野さんは(たぶん)お気に入りの『接触者』であるのだろうけど、僕自身は“あとらっく=なちゃ”さんが言う所の『邪神にとっての美味しい獲物』でしかない。備えも無しに遭遇するのは危険なのは自明の理だろう。でも、あんなに恐がっている日野さんを放っておくわけにもいかないし……うーん、日野さんが上手くかばってくれる事を期待するしかないようだ。
「大丈夫ですよ。僕にはこの子もいますし」
 僕は手首の黒いミサンガ――休眠状態にある“おとしご”ちゃんを見せた。
「相手は“くとぅぐあ”神……旧支配者でス。“不定の落とし子”でも対抗するのは難しいと思いまス」
「わわん!!」
 しかし、“しょごす”さんと“てぃんだろす”の声は渋い。
「私とこの子も御一緒しまス」
「わん!!」

「いや……“てぃんだろす”と“しょごす”さんは留守番をお願いしたいのですが」
 先日のような雲井氏の襲撃がある事を想定して、家にある程度の戦力を残しておく必要があるだろう。実は1番恐いのは、家を壊されて“つぁとぅぐあ”さんの居場所である“ン・カイ”へのルートを閉ざされる事なんだ。
 ……まぁ、僕自身が犬耳娘とメイドさんを連れて町を歩く度胸がないというのも、理由の一つだけど。
 その事を根気よく説明すると、
「……了解しましタ」
 頑固な“しょごす”さんも何とか折れてくれた。“てぃんだろす”がしょぼんとしているのは、単にお留守番するのが寂しいからなのかもしれない。
「ですガ、それでも御主人様自身の護衛が必要だと思いまス。できれば旧支配者クラスの存在ヲ……」
 うーん、それもそうなんだよなぁ……
「……ぼーんとぅーびーふりー……」
 まぁ、日野さんに煎れたお茶を勝手に平然と飲んでいる“いたくぁ”さんは、初めから当てにしてないけど。
「そうだ、やっぱり――」
 困った時には――

「えーん、“つぁとぅぐあ”えもーん!!」
「ふわぁ……おはようございますねぇ」
 ……残念ながら、お約束には乗ってくれなかった。
 日野さんの事は“しょごす”さん達に任せて、僕はいつもの暗黒世界ン・カイへ“つぁとぅぐあ”さんに会いに行った。そう、困った時にはやっぱり“つぁとぅぐあ”さんに限る。
 案の定、事情を説明すると、
「うううぅん……それではぁ、ちょっと助っ人さんを呼んでみますねぇ」
 あの眠そうな絶世の美貌をふにゃっと傾けながら、何も言わずにこうして僕を助けてくれるんだ。ああ、やっぱり“つぁとぅぐあ”さんは優しくて親切で美しい。
 彼女の長い髪の一筋が、闇の中に消えて行く。それとほぼ入れ違いに、闇の中から、白い美女の手と生首がぼんやりと浮かび上がった。
「!?」
 いや、それは美女のバラバラ死体ではなかった。闇より暗い漆黒の黒髪に、同じ色の古風なセーラー服を来ていたから、闇をバックにすると白い生首と手足だけが浮かんで見えたんだ。
「深淵の橋作りに忙しいのに……面倒な頼み事をしてくれますわね」
 闇から産まれたような、地獄のように美しい魔性の美女神――“あとらっく=なちゃ”さんだ。
 まさか、彼女が僕の護衛さんなのだろうか。
「えーと、実は――」
「もう、あの子から話は聞きましたわ。構いません。お付き合いしましょう」
「え、ホントに良いんですか?」
「嫌なら、初めからここには来ていませんわ」
 さすが神様。何だかよくわからないうちに、話は付いていたみたいだ。
「あ、ありがとうございます!!」
「まぁ、この貸しはいずれ返してもらいますけど……ふふふ」
 妖艶に嘲笑う“あとらっく=なちゃ”さんを見て、ホントにこれでよかったのかな? と僕は不遜な考えを抱いていた。

「――ちょっと寄って行きませんか。奢りますよ」
 僕が住んでいる所は、某県“網田(あみた)市”。その隣には“亞架夢(あかむ)市”があり、それを挟んだ向かいに“羽疎(はうと)市”がある。日野さんの家はその羽疎市にあるそうだ。ちょっと遠いけど、僕の家から歩いて行けない事もない距離だろう。バスや電車を使わないのは、襲撃があった時に無関係な人を巻き込まないためだ。こんな事なら車を持っていればよかったなぁ。バイクならあるけど。
 徒歩の移動にもかかわらず、日野さんと“あとらっく=なちゃ”さんは文句も言わずに付いて来てくれた。しかし、日野さんはともかく、“あとらっく=なちゃ”さんが町を歩くと、冗談じゃなくてすれ違う全ての人が蕩ける様に惚けた顔で見惚れて、フラフラと後を付いてくるのにはまいった。『人外の美貌』というのも、良い事ばかりじゃないらしい。
 ……ただ、彼女が時折後ろを振り向くと、ストーキングしていた人々が一斉に絶叫を上げて逃げ出したり失神したりするのは、なぜだろう……恐いから考えないようにしているけど。
 ――で、僕達が亞架夢市に差しかかった所で、たまたま通り道にあったレストランに寄らないか、と提案したのは、単にお昼時でお腹が空いたからだったりする。
「は、は、はい!! オゴリなら大歓迎です〜!!」
「あら、私が食べられるものがあるのかしら」
 日野さんと“あとらっく=なちゃ”さんも賛同してくれたので、僕は気軽な気持ちで、その大き目の大衆食堂みたいなレストラン
『シーフードレストラン“ギルマンハウス”』
に寄ってみる事にしたんだけど……まさか、あんな事になるとは、その時は夢にも思わなかった。

「「「ようこそー、いらっしゃいませー」」」
「「「いらっしゃいませー」」」
「「「ませー」」」
 入店した僕達を迎えてくれたのは、満面の笑顔を浮かべて深々とお辞儀する、スクール水着の上にエプロンを着たたくさんのロリロリ美少女だった。
 何か、この子達どこかで見たような……
 首を傾げながら左右に分かれたスク水美少女の間を抜けて、適当な席に座る。すると、すぐにメニューとお冷やを持ったウェイトレスさんが来てくれた。うんうん、なかなか店員教育の行き届いたお店だ。
「いらっしゃいませ。ただいまランチタイムになっております」
「えーと、えーと、えーと……じゃあ、私はイハ=ンスレイ定食を〜」
「処女の経血か童貞の精液はありませんこと?」
 2人の注文を手早く伝票にメモするウェイトレスさん。
「僕は……このサラプンコ丼を――」
「かしこまりまし――」
 そして、僕とウェイトレスさんがお互いの正体に気付いたのは、全くの同時だった。
「お、お前は!! 赤松 英!?」
「あ、あなたは……龍田川 祥子さん!?」
 フリフリの少女趣味なエプロンドレスウェイトレスな格好をした龍田川さんは、驚愕の表情を真っ赤にしてお盆を盾に身構えた。
「なぜあなたがこんな所にいるんですか!?」
「ここはあたしの店だ!!」
 い、いったいこれはどういう事なんだろう?

「たたた、龍田川って……あの“くとぅるふ”神の『接触者』っていう、あの龍田川さん〜!?」
 日野さんも僕等に負けずに驚きの声を上げる。
「お前は……“くとぅぐあ”神の『接触者』ね。確か名前は日野 エツ子……
……ふん、丁度良いわ。一網打尽にしてあげる」
 ウェイトレスな龍田川さんの綺麗な顔が、剣呑に歪んだ。ぱちり、と指を鳴らすと、
「「「はーい、お呼びですかー」」」
「「「お呼びですかー」」」
「「「ですかー」」」
 ずらずらっと“でぃーぷわん”ちゃん達が僕等を取り囲む。あわわわわ、思いもよらない形で絶体絶命のピンチが訪れたみたいだ。
「ひ、ひ、ひええええ〜!!」
 日野さんも瓶底眼鏡から涙を流して僕の背中に隠れようとする。
 その時――
 ちぃん
 透明な音色が店内を駆け巡った。
 場の全員の動きが硬直する。そうさせるだけの力が、その音にはあった。
「あら、私の注文と違うみたいですけど……みんな食べてしまってよろしいのかしら?」
 その長く鋭く美しい爪先で、お冷やのグラスを弾いた“あとらっく=なちゃ”さんは、優しく微笑んだ。ぞっとするほど優しく。
「「「御主人さまー、とっても恐いですー」」」
「「「恐いですー」」」
「「「ですー」」」
 可愛い“でぃーぷわん”ちゃんの集団は、本気で恐がっているみたいだった。さすが“あとらっく=なちゃ”さん。何というか……迫力が段違いだ。

「……いいわ、今のあなたはお客様だしね」
 溜息混じりに龍田川さんが片手を振ると、“でぃーぷわん”軍団はわーいと歓声を上げながら散っていった。
 やれやれ、“あとらっく=なちゃ”さんのおかげで、何とか危機を繰り抜けられたようだ。
 それにしても……
「なぜ、あなたがこんな店で働いているのですか?」
「こんな店で悪かったわね。オーナーは私よ」
 お冷やにお代わりを注ぎながら、龍田川さんは僕を横目で睨んだ。
「働かなければ食べていけないのは、どこの世界でも同じなのよ。無尽蔵に『恩恵』を授けてくれるあなたの神は珍しい存在なのよ。運が良いわね」
「はぁ」
「それに比べて、我等が“くとぅるふ”様は眠りっぱなしだし……居候の“でぃーぷわん”の食費だけで大変なのよ」
「は、はぁ」
「昔は良かったわ。『金のような物』だけはたくさんあったから、お金には困らなかったし……でも、今は錬金技術が発達しているから『金のような物』では誤魔化せないし……おかげでダゴン秘密教団・ニコニコ組の財政は万年火の車だし……」
 何だか愚痴っぽくなってきたぞ。
 その後、僕達は彼女の愚痴を延々と聞きながら、冷や汗交じりに食事を取ったのであった。いや、ご飯は美味しかったよ。うん。
 ……今度うっかり店内で小切手でも落とそうかな。10億円くらい。

「ど、ど、どうぞ……狭い所ですが〜」
 日野さんの御住まいは、平凡なマンションの二階の一室だった。見た目高校生くらいにしか見えない日野さんだけど、実は短大生で1人暮しなんだそうだ。
 廊下から入り口のドアを見ている限りでは、一見、何事もないように見える。耳を済ましても近所のオバさんの脳天気な笑い声が聞こえるだけだ。しかし、油断してはいけない。この中にはとてつもない力を持った旧支配者“くとぅぐあ”さんがいるんだ……という話だ。
「ややや、や、や、やっぱり恐いですよ〜!!」
 日野さんが例によって僕の背中に隠れる。正直、僕も“あとらっく=なちゃ”さんの背中に隠れたい気分だった。何となく、ドアの向こうから得体の知れないオーラが漂っているように感じる。いや、普通の人間な僕に見えるわけがないから勝手な想像だけど。
 さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……
「何をしているのかしら? 早く入りましょう」
 そんな僕達の不安などいざ知らず、“あとらっく=なちゃ”さんは平然とドアを開けて、勝手知ったる他人の家とばかり、ずかずかと――いや、物音1つ立てずに中に踏み込んでいった。僕と背中の日野さんも慌てて後を追う。玄関から短い廊下を抜けて、突き当たりの扉を何の躊躇いもなく開くと――!!

「うむ、遅かったな。待ちくたびれたぞ」
 ……まさか、コタツに入って海苔煎餅をばりばりかじりながら待っているとは思わなかった。
 中華風の真紅の甲冑を着たワイルドな風貌の――しかし痺れるくらい華麗な美女が、コタツの中から僕達を見据えていた。意思の強さを感じさせる太い眉、きりりとしたルビーのように輝く眼差し、燃えあがる炎の如き赤髪、真紅のルージュが艶く形の良い唇……男性的な要素が強い美貌なのに、その全身から滲み出る美瑛と色香は、紛れもない極上の“女”そのものだ。その美しさは、あの“つぁとぅぐあ”さんにも匹敵するんじゃないだろうか。
 この恐ろしくも美しい華麗な美女こそ、あの――
「“くとぅぐあ”ね」
 “あとらっく=なちゃ”さんが、恐れる様子など欠片も見せずに接近する。
「お前は……“あとらっく=なちゃ”か。なるほど、護衛役とは……御苦労な事だな」
 “くとぅぐあ”さんがくっくっくと不敵に笑った。そんな男っぽい態度なのに、思わず見惚れてしまう女の匂いを常に醸し出しているんだ。
 まさに『神』の名に相応しい威厳と絶対なる存在感――“つぁとぅぐあ”さんが『優しいのんびり女王様』なら、あの“くとぅぐあ”さんには『不敵な武闘派女王様』という印象を覚えた。

 ゆらり
 がちゃがちゃと甲冑の音を響かせながら、“くとぅぐあ”さんが起き上がった。
 でかい。
 その身長は軽く2mを超えるだろう。興味深そうに僕を見下ろすその荘厳な美貌の恐ろしさ、美しさ――僕はこの場からダッシュで逃げたい衝動に必至に耐えていた。いや、戦慄のあまり動けなかったと言うべきか。背中で震えてる日野さんと、似たり寄ったりな心地だよ。とほほ……
「ふむ、なかなか美味しそうな人間じゃないか。気に入ったよ」
 実にウギャーな台詞を言ってくれる“くとぅぐあ”さん。その『美味しい』がどんな意味を持つかによって、僕の運命は決定してしまうのだろう。ウギャー。
「残念ね。この方にはもう予約があるのよ。あきらめて御自分の子猫を可愛がりなさいな」
 “あとらっく=なちゃ”さんが実にありがたい言葉を発してくれるまで、僕は生きた心地が全くしなかった。
「それは残念だ……ならば、こちらを頂くとしよう」
 いつのまにか“くとぅぐあ”さんの手には、槍と薙刀と青竜刀を組み合わせたような、よくわからないけど物騒な武器が収められていた。その中華風な武器が一瞬、きらめいた――瞬間、
「は、は、はれれ〜〜〜!?!?」
 僕の背後に隠れていた日野さんが、その切っ先にパジャマの襟首を引っ掛けられて、宙ぶらりんに吊り上げられていた。
「ひ、ひ、ひ、ひええええぇ〜〜〜!!! たーすーけーてーくーだーさーいー!!!」
 だーっと涙を流しながらジタバタもがく日野さんは――
「くっくっく……あきらめろ」
 次の瞬間、ピンク色のパジャマが細切れに分断されて床に落ち、スレンダーな全裸姿を披露してくれたんだ……って、なにィ!?
「きゃあああああああ〜!!!」
 真っ赤になって薄い胸と秘所を隠そうとする日野さんの手を、
「思ったとおり、美味そうな身体じゃないか」
 “くとぅぐあ”さんの手甲に包まれた手がしっかりと止めた。

「やぁん!! 離して――んんぅ!?」
 暴れる日野さんの唇を、“くとぅぐあ”さんの真紅の唇がふさいだ。
「んんんぅ〜!?」
 驚愕の表情で悶える日野さんの抵抗は、しかし徐々に小さくなっていく。
「んんん……はぁ……」
 やがて、彼女は恍惚の表情で舌を絡めあい、くちゅくちゅと唾液を混ぜ合いながら自分から“くとぅぐあ”さんの唇を貪っていた。
 どうやら、日野さんも『人外の快楽』に魅了されてしまったみたいだ。
「これでもう安心でしょう。帰りませんこと?」
 “あとらっく=なちゃ”さんが呆れたように――いや、面白そうに僕を急かす。
「……いや、一応最後まで見守っていきましょう」
 でも、僕はそう提案した。後でいきなり“くとぅぐあ”さんの態度が豹変するかもしれないからだ。別にスケベ心に支配されたからというわけではなかったんだけど、後で考えると、その時すでに僕も人外の美に支配されていたのかもしれない。
 がしゃがしゃがしゃ……
 金属的な音が床を乱打した。どんな技を使ったのか、“くとぅぐあ”さんが身に纏う甲冑を一瞬で脱ぎ捨てたんだ。程好く日焼けした薄褐色の肌には染み1つなく、健康的でたくましい、そして見ただけで射精しそうなくらいセクシーなプロポーションを惜しみなく見せ付けている。特に僕の頭よりも大きそうな爆乳が、個人的には高ポイントだ。
「くくく……さぁ、あたしを味わっておくれよ」

 妖艶過ぎる“くとぅぐあ”さんの誘惑――日野さんが催眠術にかかったみたいに彼女へ飛び付かなかったら、僕が押し倒そうとしていたかもしれない。
「んむぅ……ぷはぁ! く、“くとぅぐあ”さまぁ……!!」
 爆乳の谷間にむしゃぶりついた日野さんの頭は、ほとんど胸の谷間に挟まっていた。蠢く指が豊満な乳房に食い込み、ツンと立った乳頭を押し潰すと、
「んん……ふふふ、いい…ぞ……」
 “くとぅぐあ”さんも、笑い声のような嬌声を漏らす。
「あ、あ、あああぁあ……あぁん!!」
 日野さんの舌が“くとぅぐあ”さんの乳首をしゃぶり、右手が尻肉を撫で、左手が赤い陰毛の奥をまさぐる。
「んあぁ……はぁ…くくく……くぅぅ…」
 “くとぅぐあ”さんの舌が日野さんの首筋を這い、右手が薄い乳房を撫で、左手が薄い陰毛の奥をくすぐる。
 絡み合う2人のまぐわいは、濃密な愛欲のフェロモンを喘ぎ声と一緒に醸し出して、マンションの一室を愛欲の巣に変えていた。
「……よだれが垂れてますわよ」
 はっ!?
 “あとらっく=なちゃ”さんの声に、僕は慌てて口元をぬぐった。どうやら完全に彼女達に見惚れていたらしい。
「くすくす……少し見物していきませんこと?」
 ソファーに座っている“あとらっく=なちゃ”さんが、隣のクッションをポンポンと叩いた。言われるままに僕も腰を降ろす。どうやら、“くとぅぐあ”さんと日野さんの絡みも、新たなプレイに突入したようだ。
「くくく……これを使ってみようか」
 “くとぅぐあ”さんがあの物騒な武器を取り出した。腰の位置よりもやや高い所に横に寝かせて、手をぱっと離すと――不思議な事に、武器は支えもないのに空中にしっかりと浮かんだ。
「ふ、ふえぇ〜?」
 白い肌に官能の汗を浮かべてぐったりとしている日野さんの小柄な身体を、“くとぅぐあ”さんは片手で軽々と持ち上げた。そのまま彼女をあの長い武器の柄(ポール)の部分に跨らせて――ぱっと手を離した。

「んんんぁあああああ〜〜〜!!!」
 絶叫に近い嬌声が部屋中に轟いた。様々な飾りが施された柄に、日野さんの僅かな産毛しか生えていない秘所が全体重をかけて食い込んだんだ。全身をガクガクと痙攣させて快感の衝撃に震える彼女の向かいに、
「んくぅ……ふふふ、どうだ? なかなか良い具合だろう」
 すらりと締まった脚を大胆に開脚して、“くとぅぐあ”さんも柄に跨った。武器の柄が食い込む2人の秘所から、ぽたぽたと愛液が滴り落ちる。
「きゃぁああああぅぅぅ!!」
 あまつさえ、柄の部分が振動しながら前後に動くのだからたまらない。柄の複雑な装飾がクリトリスを弾き、淫肉に食い込み、アヌスをこする。どれほど激しい快感を受け取っているのか、日野さんは普段の彼女からは想像もできない淫猥な声を上げ、あの不敵でワイルドな“くとぅぐあ”さんも、息を飲むような淫女の表情を見せている。とめどなく流れる2人の愛液を潤滑油代わりにして、柄はますます激しく動いた。
「ひゃあ、ああぅ、あぅううう!! ダメ、だめですぅ〜!!!」
「んはぁ……ふふ…ふ……可愛い……ぞ」
 いつのまにか2人は正面から抱き合い、互いの身体を擦り付けながら唇をむさぼっていた。混ざり合う2人の汗と涙と唾液と愛液は、僕達の足元にまで飛び散ってくる。日野さんの小柄で華奢な白い裸身と、“くとぅぐあ”さんの豊満で逞しい薄褐色の裸身――対照的な両者は快楽のマーブルと化して、そのまま溶け合ってしまいそうだった――

 がしっ
「!?」
「およしなさいな。絡み合う原初の炎に触れては、火傷では済みませんわよ……あの子はともかく、“くとぅぐあ”神にとって、貴方は美味しい『生贄』に過ぎないのだから。以前も1度忠告したのではなくて?」
 いつのまにかフラフラと彼女達の元に歩みかけていた僕の手を、“あとらっく=なちゃ”さんの繊手がそっと掴み止めていた。そう、僕自身もあの『人外の情欲』に魅入られていたんだ。今の僕は、自分のたぎる性欲を解消する事しか考えられない。
 ほとんど何も考えずに、恐れ多くも僕はすぐ隣にいる絶世の美女に飛びかかった。
「およし」
 その瞬間――天地がひっくり返った。いや、ひっくり返ったのが自分自身だと気付いた時には、僕は床の上に仰向けになっていたんだ。“あとらっく=なちゃ”さんは指1本動かさなかったのに、どうやって僕を床に縫い付けたんだろうか? 拘束されているわけでもないのに、僕は微動だにできないでいる。
「せっかくですけど、この身に触れていいのは、清童と生娘だけでしてよ」
 冷たく、そして妖しく言い放つ“あとらっく=なちゃ”さんの魔性の美貌が、少し綻んだ。
 危険な方向に。
「ですが、そのままでいるのも殿方にとってはお気の毒ですわね」
 ふと気が付くと、いつのまにか僕のズボンと下着は剥ぎ取られていた。一体、どうやって――なんて事を考えている余裕は、今の僕にはない。
「可愛がってあげるわ……」

 なんと、ビンビンに勃起していた僕のペニスを、“あとらっく=なちゃ”さんが片足で軽く踏み付けたんだ。
「――っ!?」
 それだけで、股間に落雷が落ちたような快感が走った。黒い薄手の靴下に包まれた素足が、痛みを感じるギリギリの強さでシャフトをぐりぐりと踏み躙り、つま先でカリを挟む。そう、俗に言う足コキというやつだ。
「いつも女性(にょしょう)を鳴かせてばかりですもの。たまには鳴かされるのも新鮮ではなくて?」
 妖艶そのものに顔を染めて、更に強くペニスを踏み躙る“あとらっく=なちゃ”さん。こんなプレイをされているにも関わらず、全く屈辱感を覚えないのは、やはり彼女が『神様』であるからだろうか。僕は腰を浮かせるように震えながら、女王様ならぬ女神様のサディスティックな責めに悶えていた。
「ひゃう! はぅ! きゃうぅぅん!!」
「あはははは……んくぅ……可愛い…ぞ……おまえ……」
 快楽の怒涛に意識が呆然となりながらも、2人分の甘い嬌声に導かれて横目を向けると、“くとぅぐあ”さんと日野さんも新たなプレイに没頭していた。
 鞘と柄に見事な装飾を施した短剣を、双頭バイブの要領でお互いの性器に挿入して、貝合わせの体勢で下半身を絡めながら、互いに挿入しあっているんだ。
 じゅぶじゅぶと泡立つくらい愛液を混ぜ合わせながら、汗に濡れた自らの乳房を揉みまくり、互いに腰をピストンさせて快楽に喘ぐ2人の姿は、それ自身が1つの淫らな生き物のように見えた。

「ふわぁああああ!! ダメ! ダメっ!! だめぇええええ!!!」
「んっ…ふふふ……あたしも……くぅ…イクぞ……」
 だんだん2人の動きが激しくなってきた。どうやらそろそろ絶頂の時が来たらしい。
「息が荒くなってきましてよ? くすくす、そろそろ放ちたいのかしら?」
 でも、どうやら僕の方が限界は早いらしい。とほほ……
 “あとらっく=なちゃ”さんの足の指が、僕のペニスを挟んでキュっと搾った。
「ほら、気をおやりなさい」
 それと同時に、僕は水鉄砲のように勢い良く精を放っていた。その瞬間、彼女の足指が僕のペニスの角度をちょっとずらす。
「あらあら、元気なこと」
 まるで魔法のように、射精したザーメンは“あとらっく=なちゃ”さんの魔性の美貌に振りかかった。自らの顔を白く汚した粘液を、
「んはぁ……美味し」
 彼女はそっと指先ですくい、躊躇う事無く舐め取って、妖艶にすすり飲んだ。
 そして――
「イクぅうううううう!!!」
「あははっ……あああぁあッ!!!」
 日野さんと“くとぅぐあ”さんも、同時に仰け反りながら全身を痙攣させて、絶頂を迎えたのだった――

「ねぇ、もう帰りませんこと?」
 そそくさとパンツをズボンを着た僕に、“あとらっく=なちゃ”さんが気だるそうに話しかけた。その憂いを秘めた表情は、声以上に気だるそうだ。
「あまり深淵の橋作りを中断したくないの」
「はぁ……でも、日野さん達を放っておくのは――」
 “あとらっく=なちゃ”さんは無言で彼女達を指差した。
「ああぁん♪ “くとぅぐあ”お姉さまぁ……もう離しませんですますです〜♪」
「ふふふ……愛い奴だ」
 周囲にハートマークを振り撒きながら、まだ身体を絡め合う2人の姿を見て、僕は盛大に溜息を吐いた。
「……帰りましょうか」
「そうね」

 同時刻――
「それは本当なのですか!?」
「我等が組織の“予言機関”に、過去に1度でも間違いがあったかね? ゲルダ君」
「しかし……『接触者の手によって、世界は1度滅ぼされる』というのは……」
「荒唐無稽でもあるまい。彼奴等は『邪神』を味方につけているのだ。その力を一欠片でも振るえば、誇張抜きで世界を滅ぼす事も可能だろう。『邪神』には、それだけの力がある」
「……4人の『接触者』のうち、誰が世界を滅ぼすと?」
「それを調べるのが君の仕事だ」
「了解しました……しかし、仮に見出せたとしても、我々人類に対抗手段はあるのですか? タカ派の襲撃がどんな結果に終わったのか――」
「君に言われるまでもない。対抗策は練っている」
「……では、早速任務に取りかかります」
「待ちたまえ。君に“助っ人”を用意した――」

………………
…………
……

「――ほらぁ……会社に遅れちゃいますよぉ」
 まぶたの裏に透ける朝日の刺激と、優しくおっとりとした声に導かれて、僕の意識は覚醒した。
「……んん…」
 ぼんやりと開けた瞳に飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がるエプロン越しの爆乳――
「もぅ……どこを見ているのですかぁ、昨晩もあんなにいっぱいしたのにぃ」
 いや、僕の顔を覗き込んでいる美女の胸だった。
 『にへら〜』と口元とタレ目を綻ばせて、僕に微笑みかけている彼女は――
「……“つぁとぅぐあ”さん?」
「誰の事ですかぁ?」
「……え?」
「んん〜……ワタシは“つぁとぅぐあ”さんという人じゃありませんねぇ。夢でも見ていたのですかぁ」
 むちむちのお尻をデニムのパンツで包んで、はちきれそうな爆乳を、黒いセーターと『Ia Ia』と鳴いているヒヨコのイラストが描かれたエプロンで隠した、癖のある焦茶色の長髪と眠そうなタレ目、そして何より唖然とするくらい妖艶な美貌――そう、彼女は旧姓“津賀 透子(つが とうこ)”、今は“赤松 透子”こと、僕の最愛の妻じゃないか。
 どうやら、彼女の言う通り、夢を見ていたようだ。かなり長く深い夢を見ていたらしく、まだ頭がぼーっとする。
 どすん!
 ぐえっ!?

「おきろー!!」
 突然、お腹の上に圧し掛かってきた衝撃に、僕の意識は無理矢理覚醒させられた。お腹の上に跨っている半ズボンとアニメのキャラが描かれたシャツを着た美少女――いや、美少年が、元気そうに僕の上で飛び跳ねている。
「ぱぱー! もう朝だよー!!」
 尻尾があればパタパタ振っているのが見えそうなくらい、上機嫌にはしゃいでいるのは――
「あらあらぁ……パパの上で遊んじゃダメですねぇ、“てぃん”君」
 僕の息子――いや、娘でもある“てぃん”だ。ちなみに養子なんだけど、今では本当の子供みたいに打ち解けている。
「…………」
 それだけじゃない。よく見れば、ドアの影に妻を幼くしたようなタレ目で癖のある髪の女の子――“紀子(としこ)”もいた。あの子は僕と妻の実の娘だけど、恥ずかしがり屋で父親の僕にも照れてまともに向き合えないんだ。
「はいはい、すぐ起きるから、下で待っていてね」
「朝食はできてますからねぇ……あなたの好きな焼きビーフンですよぉ」
「早く来ないと、パパの分まで赤の扉を選んで――じゃなくて食べちゃうよー!!」
「…………」
 軽く片手を振りながら、1階に降りた家族を見送って、僕はベッドから降りる前に思いっきり背伸びをした。
 ……さて、今日も普段通りの平穏な日常を始めよう。

 続く


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