「さてさて、それじゃあ早速」
私は横たわっている春菜に、用意しておいた新品の下着(猫のバックプリントつき)と
パジャマ(猫の足あと柄)を身につけさせた。
「やばっ。最高かも」
可愛すぎる。一応誤解のないように言っておくけど、私にそういう趣味はない。
けどやっぱり、可愛い子は大好き…いや、だから違うってば。
「はーるーな。起きて」
ぺちぺちと頬を叩くと、春菜のまぶたがうっすらと開いた。
「あ、起きたね。気分はどう?」
私は膝立ちになった春菜の顔をのぞきこみ…次の瞬間、頭に衝撃を受けた。
「いたっ!」
はたかれた!?
横に向いてしまった顔を正面に戻すと、春菜がぴょんと私の机に飛び乗るところだった。
そして彼女は振り向くと、私に向かってべーっと舌を出す。
「気安く触らないでよっ!こんな人に拾われるだなんて思わなかった」
「なっ…?」
声もいいなあ。って、そうじゃなく。
「えっと。何が不満だった
のかなぁ?」
「何もかもっ!昼間はだーれも相手してくれないし、ご飯は安ーい缶詰ばっかりだし。
せっかく拾ってもらえたと思ったのに…あーあ、期待外れ」
どうやら、随分な生意気さんだったらしい。
気の強そうな顔と相まって猫らしいと言えないことはないが、捨てられたのもなんとなく納得できる。
「そっか…分かったよ、春菜。その辺は改善してくから、とりあえずこっちにおいで」
可愛いからたいがいの事は許しちゃう。けど、飼い主に手をあげたことだけはそうあっさりと流せない。
私はちょっとばかりお仕置きしてやろうと、表面上だけは笑顔で手招きした。
しかし春菜は「やーだよ。目が怒ってるもん」と、机の上で両手を広げてみせる。
ううむ…猫だし、そういうのには敏感なんだなぁ。
とは言っても所詮はにゃんこ。こんなこともあろうかと、きちんと準備はしておいた。
私は近くの段ボール箱からいくつかのアイテムを取り出す。
未開封の煮干しとマタタビ、そしてねこじゃらし。
床に投げ出されたそれらを目にしただけで、春菜の耳がピンと立った。気になってる気になってる。
「ほらほら、こっちおいで〜」
一回分のマタタビの粉を床に撒き、猫なで声(これが本当の、ってやつだ)で呼びかける。
「い、行くわけないでしょ。どーせひっぱたいてやる、とか思ってるんだから」
春菜はぷい、とそっぽを向いたが、声が震えている。
「そんな事ないのになぁ」
私は続いて袋から煮干しを一本取り出し、よーく見せつけてからぱくっと食べてみせる。
「あっ…」
お。何気にこたえたらしい。
春菜は見ないフリをしてるけど、横目でチラチラ私を伺っているのが丸わかりだ。
だって、私が煮干しを咀嚼するのに合わせて、春菜の口も何かを食べるようにもごもご動いているんだから。
これはもう、あと一押しだ。
「春菜、これみーんな大好きでしょ?何でこないの?」
「こんなの…ズルい、よぉ…」
春菜は私をじぃっと見て、恨みがましく言った。
目なんか潤んじゃってて、はっきり言ってもうたまんない。
「何が?私は春菜が喜びそうなことをしてるだけだよ」
白々しく言って、だめ押しでねこじゃらしをちらつかせる。
「くっ……う゛〜!」
しばらくはギュっと目を瞑って耐えていたけど、それも長くは続かなかった。
春菜は机から降りると、ふらふらと私に近づいてきた。
「うにゃぁ…」
そして私の手からねこじゃらしを奪い取り、ごろごろとマタタビの上で転がる。
煮干しを一つあげると、美味しそうにポリポリ食べた。やっぱり猫なんだなぁ。
私はしばらく春菜の好きにさせてあげた後、後ろから彼女を抱きしめた。


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